----- エクストラホット!


   >>> 6



「あーあ、どうやったらホソノ倒せるかなー」
 道場に行く途中にある、小さな公園のジャングルジムのてっぺんで、佳寿は一国の主のように座っている。最近では、放課後に公園で遊ぶような子供はほとんどいないから、佳寿がふんぞり返っていても何の支障もない。
 溜息混じりのその言葉を聞いて、ブランコに座っていた駿二はジャングルジムの方を見上げた。これは本気で取り返しが付かなくなる前に、友達の縁を切っておいた方がいいのかもしれない。
「いろいろ考えてたら、なんか腹減ってきた。しゅんー、バッグ投げてー」
 佳寿は楽しそうにパスパスーと両手を差し出している。無言でブランコから腰を上げると、駿二は足元に転がっていたリュックを佳寿に向かって投げつけた。ぼすっと音を立ててそれを受け止め、サンキュッと佳寿は嬉しそうに笑った。
「背がでかいから、見下ろされると怖ぇけど、意外とさぁ、ケンカになるとへぼかったりしたらラッキーなんだけどなー」
「…あり得ないでしょ」
「やっぱそう?」
 はははと佳寿は軽い笑い声を立てながら、リュックからキャラメルとピーナツがぎっしり詰まったチョコバーを取り出した。
 刃物を振り回す校長を素手で取り押さえたくらいだ。ケンカが弱いわけがない。
「しゅんは、ヤツの弱点ってなんだと思う?」
「え?」
 再び見上げた瞬間、佳寿の背後でちょうど太陽が雲間から抜け出し、駿二は思わず目を細めた。
「保苑の弱点…」
 太陽の光で佳寿の髪が飴色に光る。
「ないんじゃない?」
「えーっ」
 頬をチョコで膨らませながら佳寿は眉間にしわを寄せた。
「ねぇ、俺を応援する気あんの?」
「ていうか、応援なんかしてないから」
「うっそ、マジで?」
 そろそろ行くよ、と駿二は自分のリュックを肩に掛ける。まるで猿のようにするすると佳寿はジャングルジムから下りてくる。
「応援しろとも言ってないでしょ」
「応援して」
「めんどくさい」
 むぅと佳寿は唸った。
「する気ないんじゃん」
「あるとも言ってない」
「どっちの味方なんだよー」
「どっちの味方でもないよ。だいたい、保苑から相手にされてないじゃん」
「んなことねーよ!」
 淡々と言い放つ駿二から、佳寿はふてくされたようにそっぽを向いた。
 佐久間家の前まで来たとき、二人は反対側から見覚えのある人物がやって来るのに気がついた。と同時に相手も二人に気がついたのだろう。露骨に顔を歪めた。
「…なんだよ、またお前らか」
「それはこっちのセリフだっつーの。なんでここに来てんだよ」
 小型犬が大型犬に向かうように、佳寿は幸に吠える。幸はそんな佳寿に取り合うこともなく軽くあしらう。
「用事があるから来てんの」
「用事ってなんだよ」
「お前にゃ関係ないよ。ほらほら、道場の入り口はここじゃないだろ」
 佐久間家の門の前で、幸はしっしと手を振った。
「ちょうどいいや、その前に勝負しろ」
「しつこいヤツだな」
「しつこくて結構! 悪は俺が倒す」
「はあ?」
 ぽかんと口を開けたまま、幸は駿二の方を見た。自分の手には負えません、とでも言うように駿二は黙って首を横に振る。
「…お前なに言ってるか分かってるか?」
「俺らと一緒に来い」
 佳寿の顔は至極まじめだ。幸はそれをまじまじと見つめた。おもちゃを買って貰えるまではその場から離れようとしない子供みたいに、佳寿は両方のこぶしを握りしめて地面に張り付くように立っている。
「…勝負ったって、どうしたいのよ?」
「ルールなし、降参するまで、一本勝負」
 幸は首元をカリカリと掻いた。だるそうな顔つきが微かに変わった。
「ふーん」
 低い声で一言そう言うと、幸は道場の方へ歩き出した。
「勝とうが負けようが、俺は知らねぇぞ」
「う、うっせぇよ」
 佳寿は慌てて幸の後に続いた。駿二は一瞬迷ったが、荷物を掛け直して二人を追った。
 三人が部屋に入ると、先に集まっていて騒いでいた連中は何事かと注目した。
「ここでやんのか? 師範に怒られんじゃないの」
 ぐるりと部屋を見渡しながら幸がそう言うと、佳寿は睨み上げた。
「これは“手合わせ”だ」
「手合わせねぇ」
 苦笑すると幸は首を回した。
「明日筋肉痛になったらどうしよ」
「じじいだからな」
 鼻を鳴らしながら佳寿は荷物を駿二に押しつけた。
 部屋の一同は佳寿の様子にただならぬものを感じて静かにしている。何人かが駿二の所に寄ってきて何? と尋ねた。
「決闘だって」
「は?」
「師範のとこにいる子を賭けて勝負するんだ」
「師範とこ? …ああなんか美少女がいたなぁ」
「にしても、佳寿らしいっちゅうか、なんちゅうか…」
 アホだな、と呆れたような目線を佳寿に向けながら、駿二も一緒になって呟く。
「そこ! 聞こえてんぞ」
 脱いだ靴下を投げつけながら佳寿は叫んだ。
「うわっ、クセーもん投げんなよ」
 幸は時計を外すと上着のポケットに入れた。
「ホソノ、上着脱がねーのか」
「え、ああ、別にいいよ」
 訝しげな佳寿に幸はそう答えたが、やっぱまずいわと呟いて上着を脱いだ。それを駿二に手渡す。
「俺、なーんかどっかであの人見た気がすんだけど」
 佳寿の方へ向かう幸を見つめながら、駿二の横にいた大学生が首を傾げた。
「この間の打ち上げに来てたよ」
「いや、それよりもっと前に…」
 腕組みをしつつ、なにやら考え込んでいる様子だったが、しばらくして彼はあっと声を上げた。
「北高のユキちゃん!!」
「なんだそれ」
 佳寿や駿二を含め、一同はぽかんと彼を見た。幸は目を細めた。
「あ、やっぱそうでしょ? 昔、兄貴がボコられたことあるんすよ」
「それはそれは。ステキなお兄さまをお持ちだな」
 触れられたくないのか、皮肉たっぷりに言うと幸は顔を逸らせた。
「おい佳寿、悪いことは言わねぇ。やめとけ」
「なんで」
「その人は知る人ぞ知る、トラブルシューターだ。高校の時、学校の連中が他校の生徒にばらまいてきた諍いのタネを一人で処理してたんだぞ」
「してたんじゃなくて、させられてたの」
 じろりとその大学生を睨み付けると幸はそう訂正した。彼は頬を赤らめて慌てた。
「えっと、とにかく、売られたケンカは負けたことねぇっつーんで超有名だから。佳寿、お前死ぬぞ」
 また別の方から、思い出したと声が挙がった。
「最高10人相手したってマジ?」
「そういえば、そんな人がいたっての聞いたことある。野球部でもないのにマイバット持ってたって」
「そんな時期もあったねぇ。俺を利用したヤツはケツバットって決めてたしねぇ」
 もうどうにでもなれといった様子で幸は息を吐いた。
「うわ、やべ。ホントなんだ」
「…うっせぇ! 昔の話だろ!」
 武者震いをして佳寿は一蹴するように叫んだ。
「そ、昔の話だよ」
 幸は佳寿を見てくすりと笑った。


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