-----  ラブリー


   >>> 13



「椿、つーばーきっ」
 さっきから椿は靴屋さんで腕組みをして固まっている。
 理由は一つ。好みのデザインでサイズが合うのが見つかったから。28センチともなるとそうそう見つからない。ナイキみたいに表示サイズが実際のサイズより小さいものなら尚更。大きな靴専門店って手もあるけど、そこに行ったからって必ずしも欲しいのが見つかるわけじゃないらしい。
「…分かったよっ。お金貸すから!」
 やっと椿は足下のスニーカーから顔を上げた。
「…ホント?」
「ホント! お願いだから固まらないで」
 さっきから買うか買わないかの微妙な線をなんとか買う方向に持っていきたい店員さんと、微動だにしない椿を怪訝な顔しながら通り過ぎるお客さんとに挟まれている。もう限界。あたしの声にほっとした店員さんが椿の方を見る。じゃあコレ下さいと椿が言うと、待ってましたと言わんばかりのにこにこ笑顔。
「やっぱり何かが俺を呼んでたんだ」
 店を出たときに、なんか感慨深げな顔して椿が呟いた。
 何かが呼んでたって、ナニ? あたしは呆れてやれやれと溜息をつく。デートらしいデートってこれが初めてだけど、いきなりこれかい。でもまあ、珍しく嬉しそうな顔してるし、椿らしいけど。
「あ、お金下ろすからちょっと待ってて」
「え? お金ないんじゃなかったの?」
「そうだよ」
 何を言ってるんだと言いたげに椿が見下ろす。
「手持ちがないなって言っただけで、残高ゼロだとは言ってない」
「それならそうと最初から言ってよ!」
 そう言われても、と椿はATMへ向かった。
「取り置きして貰ってでも手に入れるべきかなって考えてたら、美哉が貸してくれるって言うからさ」
 ハイ、と貸した分を渡しながらあっけらかんと椿は言った。
「すぐ返してくれるんなら、とっとと貸してたわよ」
 ううっと唸りながらあたしは受け取る。
「そうなんだ」
 椿はくすくす笑いながら、店を顎で指し示した。
「じゃあ、おごるよ。何がいい?」
「カフェモカ、トールでホイップ多め!!」
「はいはい」
 出来上がるのを待つ間に、椿があたしの耳元を覗き込んだ。
「にしても、ほんとに貫通してんだな」
 そうだよ、と神妙そうな顔してる椿を見上げた。あたしの耳には、椿が例の雑誌広告で手に入れた報酬という名のピアスが光ってる。確か穴開けるとかなんとか言ってたよな、って誕生日プレゼントとして手渡されたときにはもう穴を開けてたから、椿はうわっと言いながら眉を寄せたっけ。
 悔しいけど、このピアスは長谷川ヒトミセレクション。いくつかデザインがあって、椿が悩んでたら、選ぶの手伝ってくれたんだって。なぜかおじさんも加わってああだこうだと揉めた末に、おじさんの携帯に保存してあったあたしの写真を見て『絶対コレ、コレ以外認めない』と言い切ったヒトミちゃんが見事、勝者となったらしい。確かにあたし好みでかわいい。
 雑誌を見たときには憎さ百倍だったけど、椿の話を聞く限りではけっこうイイ子みたい。以来、テレビのバラエティとかで見かける彼女の印象は変わった。こんなことで評価が上がるなんて、あたしもずいぶんとゲンキンだ。
 実はお値段が椿の誕生日にあげたものに比べたら桁一つ違う。それを知っちゃって、いいのかなぁって、ちょっと複雑なんだけど。
「俺の時は後日、追加オプションとしてイロイロ好き放題やったじゃん。あれでとんとんでしょ」
「はぁっ?!」
 覗き込んだまま、ぼそっと呟かれた言葉に思わず顔を上げたら、ごつっと鈍い音がした。冗談だよ、と椿は顔をしかめながら頬を押さえた。
「あああ、ご、ごめん」
 自分のおでこを押さえながら、椿の頬も撫でる。  
「トールカフェモカホイップ多めとトールラテをお待ちのお客様ぁ、お待たせいたしましたぁ」
 ものすごく爽やかな呼び声に、どきっとして二人して顔が赤くなってしまった。二階の窓側の席に着くとあたしは苦笑いをした。
「あたしたち、店員さんにバカップルだって笑われてるんだ、きっと」
 途端に椿が渋い顔をする。ヘンなこと言うからでしょ、と睨み返した。
「…不覚にもバカップルだと思われるような行動をとってしまうのは遺伝かな」
 深い溜息と共に、独り言のように椿が呟いた。あたしの方をちらりと見る。
「遺伝じゃなくても、自覚してるならもう人のこと言えないよね」
「お前もだろ」
「あたしは違うもん」
 そう言いながら、テーブルの向かいに座ってる椿を見つめた。
 こうして真正面からまともに見ると、椿ってやっぱ小綺麗な顔してる。一緒に街中を歩いてて思ったけど、椿にちらちらと視線を送る女の子が割といて、なんだか落ち着かなかった。
 なんていうか、黙ってても相手がいるって思われてた高校の時とは違って、今は黙ってたら相手はいないって見えちゃうんだろうな。合コンとかに顔出したりしないから、あたしは今のところ声掛けられることもないけど、椿はどうなんだろう? 園子と話してたようにもっとモテたりしてるのかも。教えてくれないだけで、実はあの子以外にも椿に付きまとう子がいたりするのかも。
 ああ、なんでデートなのにこんなこと考えちゃうかな。
「美哉?」
「え? あ、ごめん、ぼーっとしてた」
 椿が不思議そうな顔して、あたしは慌てた。
「ぼーっとしてたわりには百面相してたぞ」
 いっ?! 
「面白かったから別にいいけど」
 椿はくすっと笑った。
「椿ってさ、大学でも女の子に追っかけられてる?」
「え?」
 怪訝な顔をして、いいや、と椿は答えた。
「いろんな人間がいるから俺が混じったところで何が変わるってワケでもなし。いい感じに紛れてる感じがして楽しいよ」
「そうなんだ?」
「うん、いかに高校までの人間関係が狭いかってのがよく分かる。地方から来てる奴とか、観察してるだけでも面白いしね」
 美哉んとこは違うの? と訊かれて、言われてみればそうかも、と思い直した。仲良くなった子で山形から来てる子がいるんだけど、ビミョウに方言が残ったりしてるとこがかわいかったりする。東京で生まれ育ったあたしからしてみれば、そういうのってなんだか羨ましい。
「だろ?」
 椿は目を細めてふふっと笑った。
「そういう美哉はどうなんだよ?」
 ラテを飲みながら、探るような目つきで椿が言った。
「どうって?」
「そっちだって野放し状態に変わりはないだろ。俺が知らないだけでさ」
 案外、美哉にも何かあるんじゃないの。
 そう言うと椿は窓の方を向いた。まるであたしが浮気でもしてるみたいな言い方。
「なにそれ…なんにもないよ」
 思わず低い声で呟いたら、椿は困ったような顔をした。
「なんだよ、やきもきしてるのは別に美哉だけじゃないのに」
「…椿もヤキモチやいたりとか、することあるの?」
 まじまじと椿の顔を見つめてしまう。椿は質問には答えずに、ほんの少し赤い顔で眉間にしわを寄せてあたしを睨み付けた。
「ばーか、そうやって人の顔じろじろ見るな」
 また椿は窓の外を眺める。剣呑とした空気がゆるりと流されていく。
 笑いを押し殺すあたしに、やっぱりバカップルだよと椿はうんざりしたように呟いた。


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