|コラム||森家史料|  
森家年譜 6【西江原藩〜赤穂藩へ、三日月藩・新見藩】
−元禄11(1698)〜延享3(1746)−
更新 2009/9/20

《年譜》
年 号 西 暦 干 支 天 皇 将軍 事 項 当  主
元禄111698戊寅東山綱吉西江原 ☆6.19 長継、再び致仕し、嫡子和泉守長直家督を継ぐ。この時より殿席が大広間より柳間に定めらる〔史料稿本、大系図、寛政、系図纂要〕。
☆6.29 隠居長継、将軍綱吉へ相州行光の刀、御台所へ伊勢物語、綱吉生母桂昌院へ九代抄を献上す〔寛政〕。
☆7.11 隠居長継没す(89歳)。法名「長継院殿静林道岳大居士」。江戸土器町の瑠璃光寺に葬られる〔大系図、寛政〕。
☆是歳 家臣各務伊織利直に男子松太郎(後の越中守長生)誕生す。母は有馬氏〔寛政〕。
長継(89)
長直(27)
三日月 長俊(50)
新見 ☆2.23 長治、居所を新見に定める〔寛政〕。
☆7.16 前藩主長政、死去す(87歳)。法名「壽福院殿梅巌性誠大居士」、墓所江戸白銀瑞聖寺〔寛政〕。
長治(42)
旗本他
元禄12 1699 己卯 東山 綱吉 西江原 長直(28)
三日月 長俊(51)
新見 長治(43)
旗本他 ☆3.28 旗本森権之助正久(半十郎家)、桐間御番となる〔断家譜〕。
元禄13 1700 庚辰 東山 綱吉 西江原 ☆4.12 長直、はじめて領地に行く暇を賜る〔寛政〕。
☆6.4 長直長女幾(のち長孝室)、江戸に於いて誕生す。母は鯰江氏〔続家譜1、大系図〕。
長直(29)
三日月 ☆11.28 長俊嫡男宮内長記、はじめて将軍綱吉に拝謁す〔寛政〕。 長俊(52)
新見 長治(44)
旗本他
元禄14 1701 辛巳 東山 綱吉 西江原 ☆正.29 長直長男金五郎、早世す(5歳)。法名「曉雲院殿春溪恵水禅童子」、瑠璃光寺に葬る〔大系図〕。 長直(30)
三日月 長俊(53)
新見 長治(45)
旗本他
元禄15 1702 壬午 東山 綱吉 西江原 ☆4.7 長直女力、江戸に於いて誕生す。母は鯰江氏〔続家譜1、大系図〕。 長直(31)
三日月 長俊(54)
新見 長治(46)
旗本他 ☆6 旗本森源太兵衛(才兵衛家)、御小姓組日下部三十郎女と婚姻す〔可政〕。
元禄16 1703 癸未 東山 綱吉 西江原 長直(32)
三日月 長俊(55)
新見 長治(47)
旗本他
元禄17
宝永元
★3.13 改元
1704 甲申 東山 綱吉 西江原 ☆12.朔 鳥居忠常室森氏(長継女)、卒す(51歳)。法名「青禮院殿素徳日仁大姉」、武州伊皿子承教寺に葬る〔大系図〕。 長直(33)
三日月 長俊(56)
新見 長治(48)
旗本他 ☆6.30 旗本森権之助正久(半十郎家)、御小納戸となる〔断家譜〕。
☆是歳 福岡藩士森四郎太夫長明(福岡家)に男子(のちの正右衛門一秀)誕生す〔可政〕。
宝永2 1705 乙酉 東山 綱吉 西江原 ☆7.12 長直女幸(のち関民部長廣婚約)、備中西江原に於いて誕生す。母は鯰江氏〔続家譜1、大系図〕。
☆10.3 先に長継に預けられていた関式部衆利(長直実弟)、西江原に於いて卒す(33歳)。法名「壽仙院殿鶴林全松大居士」〔大系図〕。
☆是歳 長直、堀大和守親賢姉と婚姻〔大系図〕。
長直(34)
三日月 長俊(57)
新見 長治(49)
旗本他 ☆7.19 旗本森半兵衛重正(次郎家)、御書院番に復帰す〔可政〕。
宝永3 1706 丙戌 東山 綱吉 西江原

赤穂
☆正.28 幕府、松平忠周を上田城に、永井直敬を飯山城に、松平忠喬を掛川城に、仙石政明を出石城に移封す。また、長直は領地を播磨赤穂郡のうちに移され、赤穂城主となる〔史料稿本、大系図、寛政、系図纂要〕。
☆2.5 将軍綱吉、長直へ領知朱印状を発給す〔三日月藩森家文書〕。

☆4.23 長直、赤穂城を請取る〔大系図〕。
☆9.8 津山城請取の小浜城主酒井忠囿没。法名「宝光院殿崑山道琳大居士」〔作州津山城御請取之記〕。
長直(35)
三日月 長俊(58)
新見 ☆4.18 三日月森長俊次男民部長廣、長治の養子となる〔寛政〕。
☆是歳 長治、備中後月郡の領地を割て哲多郡のうちに移さる〔寛政〕。
長治(50)
旗本他 ☆8.8 常陸下館藩森五郎兵衛光治(久留里家)の子平太兵衛光敏、下館城に於いて誕生す。母は府川氏〔黒稿下〕。
宝永4 1707 丁亥 東山 綱吉 赤穂 ☆10.9 森所左衛門正方(縫殿家)後室孝壽院(伊勢松、関民部少輔成次女)、播州佐用郡久崎村にて死去す(81歳)。法名「孝壽院殿性貞慈室大姉」、墓所佐用郡家内村集鳥山清林寺〔可政〕。
☆是歳 美作豊楽寺(久米南郡弓削庄下神目村)、防火の為、苫西郡古田中村に経蔵出来につき、大般若経(慶長10年津山城にて真読)を入置く〔実録5〕。
長直(36)
三日月 長俊(59)
新見 ☆6.13 長治養子民部長廣、はじめて将軍綱吉に拝謁す〔寛政〕。 長治(51)
旗本他 ☆3.14 旗本森権之助正久(半十郎家)、不相応によって小普請入となる。その後松平主計頭近鎮組となる〔断家譜〕。
宝永5 1708 戊子 東山 綱吉 赤穂 ☆7.8 森長継室池田氏、没す。法名「長清院殿圓室妙相日中大姉」、深川法苑山浄心寺に葬る〔大系図〕。
☆10.21 長直、方角火消を勤む〔大系図〕。
長直(37)
三日月 長俊(60)
新見 長治(52)
旗本他 ☆2.19 旗本森源太左衛門正清(重継分家)、桐間番となる〔寛政〕。
宝永6 1709 己丑 東山
中御門
綱吉
家宣
赤穂 ☆10.25 先に長成に預けられし森主殿長基、赦免〔大系図、寛政〕。 長直(38)
三日月 長俊(61)
新見 ☆4.15 長治、従五位下備前守に叙任す〔寛政〕。 長治(53)
旗本他 ☆6.21 旗本森源太左衛門正清(重継分家)、御小姓組に復す〔寛政〕。
宝永7 1710 庚寅 中御門家宣赤穂 ☆7.12 長直女力、早世す(9歳)。法名「少林院殿心桂恵光禅童女」、瑠璃光寺に葬る〔続家譜1、大系図〕。
☆12.3 家臣森主殿長基(長武養子・長継子)、赤穂に於いて卒す(41歳)。法名「圓乗院殿覺岩自岩大居士」、赤穂随鴎寺に葬る〔大系図〕。
☆是歳 家臣各務伊織利直に男子虎之助(後の伊勢守政房)誕生す。母は有馬氏〔寛政〕。
長直(39)
三日月 長俊(62)
新見 長治(54)
旗本他
宝永8
正徳元
★4.25 改元
1711 辛卯 中御門 家宣 赤穂 ☆是秋 長直、朝鮮通信使来朝につき鞍皆具差出す〔大系図〕。 長直(40)
三日月 ☆5.20 長俊、長継院(森長継)茶湯料として美作千年寺に10石を寄進す〔千年寺文書〕。長俊、生母継光院(湯浅氏)茶湯料として10石を寄進す〔美作本光寺文書〕。 長俊(63)
新見 ☆5.20 長治、生母継光院(湯浅氏)茶湯料として10石を寄進す〔美作本光寺文書〕。
☆7.6 瀧野甚四郎、罪ありて長治に預けらる〔寛政〕。
長治(55)
旗本他
正徳2 1712 壬辰 中御門 家宣 赤穂 ☆10.14 長直、増上寺文昭院霊廟に石燈籠を奉献す〔入間長泉寺森長直寄進石燈籠銘文〕。 長直(41)
三日月 ☆10.14 長俊、増上寺文昭院霊廟に石燈籠を奉献す〔練馬長命寺森長俊寄進石燈籠銘文〕。 長俊(64)
新見 ☆10.14 長治、増上寺文昭院霊廟に石燈籠を奉献す〔東村山徳蔵寺関長治寄進石燈籠銘文〕。 長治(56)
旗本他 ☆7.17 旗本石原藤四郎次男弥太郎(基正)、旗本森権之助正久(半十郎家)の養子となる〔断家譜〕。
正徳3 1713 癸巳 中御門 家継 赤穂 ☆是歳 長直、法皇使押小路大納言の御馳走役を勤む〔大系図〕。 長直(42)
三日月 長俊(65)
新見 長治(57)
旗本他 ☆2.28 旗本森半兵衛重正死す。法名「梅英院殿萬舁一雄居士」、浅草金龍寺に葬られる〔可政、寛政〕。
☆5.7 旗本森重正嫡男半右衛門正親(次郎家)、父の遺跡を継ぎ、小普請組に入る(「可政」では28日とあり)〔可政、寛政〕。
☆D.朔 旗本森半右衛門正親(次郎家)、はじめて将軍家継に拝謁す〔寛政〕。
正徳4 1714 甲午 中御門 家継 赤穂 ☆11.5 家臣各務利直六男虎之助(のちの伊勢守政房)、江戸に於いて誕生す。母は有馬氏[大系図]。
☆12 森縫殿正典(縫殿家)、赤穂に来たりて再び長直に仕える〔可政〕。
☆是歳 家臣森采女三隆の嫡男九一郎(後の赤穂城主長孝)、元服して左膳可豊と称す。長直より肴を賜り、家老各務利直の次席となる〔続家譜1、可政〕。
長直(43)
三日月 長俊(66)
新見 長治(58)
旗本他 ☆12.7 旗本森権之助正久(半十郎家)隠居し、家督は養子弥太郎基正が相続し松平主計頭近鎮組となる。その後北条新蔵氏庸組となる〔断家譜〕。
正徳5 1715 乙未 中御門 家継 赤穂 ☆11.11 森所左衛門正方(縫殿家)女で各務三右衛門糺英妻、江戸に於いて死去す。法名「観壽院殿真岩淨空大姉」、墓所白銀瑞聖寺中微笑院〔可政〕。 長直(44)
三日月 ☆7.27 長俊致仕し「快翁」と号し、宮内長記が家督を継ぐ〔寛政〕。
☆9.6 隠居快翁(長俊)、将軍家継へ雲次の刀を献上する〔寛政〕。
☆12.18 長記、従五位下安藝守に叙任す〔寛政、三日月森〕。
長俊(67)

長記
新見 長治(59)
旗本他
正徳6
享保元
★6.22 改元
1716 丙申 中御門 家継
吉宗
赤穂 ☆4.16 長直、呉服橋御門番を命ぜられる〔大系図〕。
☆4.晦 長直、増上寺有章院霊廟に石燈籠を奉献す〔所沢妙善院森長直寄進石燈籠銘文〕。
長直(45)
三日月 ☆4.15 長記、はじめて領知に行く暇を賜る〔寛政〕。
☆是歳 三日月森安藝守長記の長男眞三郎(可敦)、誕生す〔寛政〕。
長記
新見 ☆4.晦 長治、増上寺有章院霊廟に石燈籠を奉献す〔秩父慈眼寺関長治寄進石燈籠銘文〕。 長治(60)
旗本他
享保2 1717 丁酉 中御門 吉宗 赤穂 長直(46)
三日月 長記
新見 長治(61)
旗本他
享保3 1718 戊戌 中御門 吉宗 赤穂 ☆2.11 長直、法皇使梅小路前中納言の御馳走役を勤む〔大系図〕。
☆8.7 長継側室橋村氏(長直生母)、、卒す。法名「紹隆院殿観室亮音大姉」、瑠璃光寺に葬る〔大系図〕。
☆9.20 森縫正典(縫殿家)妻於力(森采女三隆女)、死去す(26歳)。法名「凉照院殿月潭義光大姉」、墓所江西山隨鴎寺〔可政〕。
長直(47)
三日月 長記
新見 ☆是歳 長治嫡子民部長廣に嫡男三次郎(後の関播磨守政富)が誕生す。母は幾田氏〔寛政〕。 長治(62)
旗本他
享保4 1719 己亥 中御門 吉宗 赤穂 ☆2.22 松平信政室大(長継女)、卒す(51歳)。法名「究竟院殿相報日等大姉」、武州千駄ヶ谷千壽院に葬る〔大系図〕。
☆4.16 長直、常盤橋御門番を命ぜられる〔大系図〕。
☆是秋 長直、朝鮮通信使帰国につき鞍皆具差出す〔大系図〕。
☆11.21 家臣森采女三隆の男子左膳長孝、長直の養子となりその女を室とす〔寛政、系図纂要〕。
☆11 長直側室道(鯰江氏)、願により正室となる〔大系図〕。
☆12.22 家臣森三隆嫡子左膳長孝、長直の婿養子となることを許される〔大系図〕。森三隆の跡目として各務利直嫡男清右衛門(長生)が養子として入り、且つ長孝の弟分となる〔大系図〕。
☆12.28 長直養子帯刀長孝、はじめて将軍吉宗に拝謁す〔寛政〕。
長直(48)
三日月 長記
新見 長治(63)
旗本他 ☆是歳 御書院番渡辺甚五郎統三男近吾(後半十郎家森基正養子)、江戸に於いて誕生す。母は二丸御留守居深津市郎兵衛種守養女[断家譜]。
享保5 1720 庚子 中御門 吉宗 赤穂 ☆正.26 長直養子長孝と長直女幾との婚姻整う[大系図]。
☆12.18 長直養子長孝、従五位下志摩守に叙任す[寛政、系図纂要]。
長直(49)
三日月 長記
新見 ☆8.5 先に長治に預けられし瀧野甚四郎赦免[寛政]。 長治(64)
旗本他
享保6 1721 辛丑 中御門 吉宗 赤穂 ☆2.30 長直女幸、卒す(17歳)。法名「芳春院殿桃源慈仙大姉」、瑠璃光寺に葬る〔続家譜1、大系図〕。
☆11.4 森長継嫡男忠継室小笠原氏、江戸に於いて卒す。法名「林光院殿雲岩空心大姉」、渋谷祥雲寺に葬る〔大系図〕。
長直(50)
三日月 長記
新見 長治(65)
旗本他 ☆4.2 旗本森半右衛門正親(次郎家)、御書院番に列す[可政、寛政]。
享保7 1722 壬寅 中御門 吉宗 赤穂 ☆8.24 長直、赤穂に於いて卒す(51歳)。法名「鐵性院殿一峯淨空大居士」、赤穂の花岳寺に葬られる[史料稿本、大系図、寛政、系図纂要]。
☆10.23 長孝、養父長直の遺領を相続す[大系図、寛政、系図纂要]。
長直(51)

長孝(26)
三日月 ☆是歳 森安藝守長記次男勝五郎(後の對馬守俊春)誕生す[寛政]。 長記
新見 長治(66)
旗本他
享保8 1723 癸卯 中御門 吉宗 赤穂 ☆是歳 長孝、鍛冶橋御門番を勤む〔大系図〕。
☆10 江戸愛宕下より出火。赤穂藩上屋敷類焼につき長孝、渋谷下屋敷に立退く。この頃より長孝重体となる[大系図]。家臣各務伊織利直男左門(長生)、長孝死去に臨みて養子となる〔大系図、寛政〕。
☆10.30 長孝卒す(27歳)。法名「大智院殿諦巌道勝大居士」、江戸渋谷祥雲寺に葬られる〔大系図、寛政、系図纂要〕。長孝室幾(長直長女)は落飾して智光院と号す〔続家譜1、大系図〕。
☆12.22 左門長生、長孝の遺領を継ぐ〔大系図、寛政、系図纂要〕。
☆12.28 左門長生、はじめて将軍吉宗に拝謁し、従五位下越中守に叙任される〔寛政、系図纂要〕。
長孝(27)

長生(33)
三日月 長記
新見 長治(67)
旗本他
享保9 1724 甲辰 中御門 吉宗 赤穂 ☆3.15 長生、はじめて領地に行く暇を賜る[大系図、寛政]。 長生(34)
三日月 長記
新見 長治(68)
旗本他 ☆1115 旗本森半右衛門正親、二丸に勤仕す(「可政」では西丸附)[可政、寛政]。
享保10 1725 乙巳 中御門 吉宗 赤穂 ☆8.28 長生、参府[大系図]。
☆9.15 長生、呉服橋御門番をむ[大系図]。
☆10.22 長生女峯、赤穂に於いて誕生す。母は伊与(京都の人)[大系図]。
長生(35)
三日月 長記
新見 ☆3.5 長治致仕し、養子関民部長廣家督を継ぐ[寛政]。
☆12.18 民部長廣、従五位下但馬守に叙任す[寛政]。
長治(69)
長廣
旗本他
享保11 1726 丙午 中御門 吉宗 赤穂 ☆4.9 長生、赤穂帰城[大系図]。 長生(36)
三日月 長記
新見 ☆3.18 長廣、はじめて領地に行く暇を賜る[寛政]。 長廣
旗本他
享保12 1727 丁未 中御門 吉宗 赤穂 ☆8.12 長生、参府〔大系図〕。
☆9.20 長生、呉服橋御門番を勤む〔大系図〕。
☆10.12 赤穂藩、領内へ他領米買入を禁止する〔享保九年他領米停止御請印形帳〕。
長生(37)
三日月 長記
新見 長廣
旗本他 ☆是歳 福岡藩士森正右衛門一秀(福岡家)の男子惣太夫(正冨)誕生す[可政]。
享保13 1728 戊申 中御門 吉宗 赤穂 ☆5.28 長生、赤穂帰城〔大系図〕。 長生(38)
三日月 長記
新見 長廣
旗本他 ☆是歳 旗本森半右衛門正親(次郎家)の嫡男熊次郎(後の半右衛門政張)、誕生す。母は正親室岡部藤十郎女[可政]。
享保14 1729 己酉 中御門 吉宗 赤穂 ☆5.29 保科正賢室芳(長継女、長俊養女)、卒す(62歳)。法名「瑞光院殿圓心貞鏡大姉」、武州大圓寺に葬る[大系図]。
☆8.12 長生、参府[大系図]。
☆9.29 長生、呉服橋御門番を勤む[大系図]。
長生(39)
三日月 長記
新見 長廣
旗本他
享保15 1730 庚戌 中御門 吉宗 赤穂 ☆正.26 長生、松平志摩守吉品妹と婚姻す[大系図]。
☆4.16 長生、今までの半年参勤を来年より従来の通りに戻すべき旨申渡さる[大系図]。
☆5.17 長生、江戸発駕。この節、日光東照宮に参拝し、木曽路を通る[大系図]。
☆9.13 長生女峯、早世す(6歳)。法名「微妙院殿観超自慶禅童女」、赤穂花岳寺に葬る[大系図]。
長生(40)
三日月 ☆2.28 長記嫡男可敦、はじめて将軍吉宗に拝謁す[寛政]。 長記
新見 長廣
旗本他
享保16 1731 辛亥 中御門 吉宗 赤穂 ☆2 赤穂藩、領内に札遣定書を発す〔享保十六年公用覚日記−塩屋村会所文書〕。
☆4.6 長生、参府〔大系図〕。
☆4.15 本郷より出火。風激しく赤穂藩邸類焼す〔大系図〕。
☆5.29〜6.2 京都阿弥陀寺、総見院殿(織田信長)150回忌追善法要を執行す〔阿弥陀寺由緒書〕。
☆6.2 早朝、長生使者、京都阿弥陀寺着。茶湯料・白銀1枚を供える〔阿弥陀寺由緒書〕。長生名代として大坂屋敷役人津田利兵衛、阿弥陀寺にて焼香し、金子200疋を献ず〔阿弥陀寺由緒書〕。
☆6 長生、発病す〔大系図〕。家臣各務伊織利直男靱負政房、長生死去に臨みて養子となる〔大系図、寛政、系図纂要〕。
☆6.26 長生、卒す(41歳)。法名「凌雲院殿奇外道光大居士」、江戸土器町瑠璃光寺に葬られる〔大系図、寛政、系図纂要〕。
☆8.19 靱負政房、長生の遺領を継ぐ〔寛政、系図纂要〕。
☆8.28 靱負政房、はじめて将軍吉宗に拝謁す〔寛政〕。
☆10.23 家臣各務利直七男五郎作(のちの和泉守忠洪)、江戸に於いて誕生す。母は家女房〔実録26、大系図〕。
☆12.23 政房、従五位下伊勢守に叙任す〔寛政、系図纂要〕。
長生(41)
政房(18)
三日月 ☆6.3 長記使者として大坂屋敷留守居山岡金兵衛、阿弥陀寺へ茶湯料白銀1枚を届ける。また山岡拝礼の節、香奠として金子200疋を献ず(道中洪水にて2日の法要には不参列)〔阿弥陀寺由緒書〕。 長記
新見 長廣
旗本他
享保17 1732 壬子 中御門 吉宗 赤穂 ☆4.18 政房、はじめて城地に行く暇を賜る。将軍吉宗より縮緬5巻、将軍嫡子家重より紗綾2巻を拝領す[大系図、寛政]。
☆D.3 政房、赤穂城着[大系図]。
政房(19)
三日月 長記
新見 ☆5.4 長廣、死去(40歳)。法名「良徳院恭嶽淨謙」、備中西来寺に葬られる[寛政]。
☆D.29 長廣嫡男三次郎政富、父の遺領を継ぐ[寛政]。
長廣

政富
旗本他
享保18 1733 癸丑 中御門 吉宗 赤穂 ☆3.28 政房、参府〔大系図〕。
☆4.15 政房、常盤橋勤番す〔大系図〕。
☆9.2 政房子義平太、赤穂に於いて誕生す母は家女(京都の人)〔大系図〕。
政房(20)
三日月 ☆4.6 三日月藩、森長可御遠忌(150回忌)につき、7日から9日まで領内に殺生・鳴物の停止を命ず〔三日月藩日記2〕。
☆7.2 三日月藩、本源院殿(森忠政)百年忌につき、3日から7日まで領内に殺生・鳴物等の停止を命ず〔三日月藩日記2〕。
☆7.3 三日月藩、本源院殿(森忠政)御法事のため、津山本源寺へ渡瀬権右衛門を派遣す。藩主長記は茶湯料銀2枚、香典二百疋、快翁(長俊)は香典百疋を納む〔三日月藩日記2〕。
☆7.8 美作本源寺へ遣わされていた渡瀬権右衛門帰す〔三日月藩日記2〕。
☆11.30 若殿様(俊春か)、御射上ヶ之額を日岡八幡宮へ奉納す〔三日月藩日記2〕。
長記
新見 政富
旗本他 ☆6.19 久留里藩森光仲(久留里家)弟光敏、黒田直邦に召されて中士となる〔黒稿下〕。
享保19 1734 甲寅 中御門
櫻町
吉宗 赤穂 ☆5.19 政房、赤穂帰城〔大系図〕。
☆10.13 政房子義平太、早世す。法名「霊照院殿万夢機天大童子」、花岳寺に葬られる〔大系図〕。
☆11.2 政房、家中に倹約令を発す〔森続家譜1〕。
政房(21)
三日月 長記
新見 ☆11.朔 三次郎政富、はじめて将軍吉宗に拝謁す〔寛政〕。
☆12.18 政富、従五位下播磨守に叙任す〔寛政〕。
政富
旗本他
享保20 1735 乙卯 櫻町 吉宗 赤穂 ☆4.6 政房、参府[大系図]。
☆4.15 政房、呉服橋勤番す[大系図]。
政房(22)
三日月 ☆正.17 藩主長記、関政富へ備前守改号の祝いとして生鯛2匹を贈る。また隠居長俊も生鯛3疋を贈る〔三日月藩日記2〕。
☆3.14 継光院殿(長俊生母)25回忌につき、用人中、津山本光寺へ書状を遣わす〔三日月藩日記2〕。
☆5.27 下野壬生藩主・鳥居忠瞭(森長継外孫-4月28日卒)死去につき、領内に翌日までの高声・殺生の停止を命ず〔三日月藩日記2〕。
☆6.4隠居森快翁(長俊)、卒す(87歳)。法名「長俊院殿快翁日好大居士」、池上本行寺に葬られる〔大系図、寛政、三日月森〕。
☆6.7 長俊遺骸、池上本行寺に埋葬す〔三日月藩日記2〕。
☆6.10 国許に長俊死去の報届く〔三日月藩日記2〕。
☆6.11 三日月藩、赤穂・新見両藩に飛脚を以って長俊死去を報ず〔三日月藩日記2〕。
☆6.16 池上本行寺において、長俊二七日法要を営む(17日迄)〔三日月藩日記2〕。
☆6.20 津山本源寺、家老可児弥五左衛門へ御悔みを遣わす〔三日月藩日記2〕。
☆6.24 勝五郎(俊春)、池上本行寺を参詣し、香典百疋を納む〔三日月藩日記2〕。
☆6.29 尾張・紀州・水戸家より、御悔の使者到来〔三日月藩日記2〕。
☆7.3 高蔵寺において、長俊初月忌の法要が営まれる〔三日月藩日記2〕。
☆7.8 長俊所用の山駕籠、高蔵寺上人に賜る〔三日月藩日記2〕。
☆7.9 高蔵寺長俊院御影堂の燈籠代として会所より金子百疋を納む〔三日月藩日記2〕。
☆8.12 池上大坊にて浄心院(長俊室)17回忌法要を営む〔三日月藩日記2〕。
☆9.4 長記、長俊院御影像を高蔵寺に移し、家老可児弥五左衛門を以って白銀2枚を届ける〔三日月藩日記2〕。
長記
新見 ☆正.17 政富、関備前守改号の祝いとして三日月隠居森長俊より鯛3疋、三日月藩主長記より生鯛2匹を贈らる〔三日月藩日記2〕。 政富
旗本他 ☆3.晦 旗本森源太左衛門正清(重継分家)死す(68歳)。法名「日琢」、深川淨心寺一乗院に葬られる[寛政]。
☆5.6 旗本森正清(重継分家)嫡男銕之進政満、父の遺跡を継ぐ[寛政]。
☆9 久留里藩士森光仲(久留里家)の子五郎兵衛光嶢、常陸下館城内にて誕生す[黒稿下]。
☆是歳 福岡藩士森正右衛門一秀(福岡家)の男子幸太郎誕生す[可政]。
享保21
元文元
★4.28 改元
1736 丙辰 櫻町 吉宗 赤穂 ☆5.21 政房、赤穂帰城[大系図]。 政房(23)
三日月 ☆3.6 森安藝守長記嫡子左京可敦、病により廃嫡す[寛政]。
☆3.20 長記次男俊春、嫡子となる[寛政]。
☆4.18 森安藝守記嫡子俊春、はじめて将軍吉宗に拝謁す[寛政]。
長記
新見 政富
旗本他 ☆7.18 久留里藩士森光嶢(久留里家)、初めて主君黒田直邦に拝謁す[「黒稿」下]。
☆11.26 旗本森源六郎長囿(可政分家)致仕し、嫡子源六郎和吉が家督を継ぐ[寛政]。
☆12.11 旗本森左兵衛和吉、はじめて将軍吉宗に拝謁す[寛政]。
元文2 1737 丁巳 櫻町 吉宗 赤穂 ☆4.4 政房、参府。常盤橋勤番す〔大系図〕。
☆9.25 赤穂藩、領内の他領米買い付けを禁止する〔元文元年御廻状控帳−奥藤家文書〕。
政房(24)
三日月 長記
新見 政富
旗本他 ☆12.4 旗本森銕之進政満(重継分家)、西丸御小姓組に列す〔寛政〕。
元文3 1738 戊午 櫻町 吉宗 赤穂 ☆4 政房、病気につき滞府を願う〔大系図〕。
☆8.22 赤穂藩、豆腐の値段を定める〔元文元年御廻状控帳−奥藤家文書〕。
政房(25)
三日月 長記
新見 ☆4.18 播磨守政富、はじめて封地に行く暇を賜る〔寛政〕。
☆8.11 前藩主長治、備中新見に於いて死去す(82歳)。法名「西来院殿廓聖本然大居士」、備中国西来寺(長治開基)に葬られる〔寛政〕。
政富
旗本他
元文4 1739 己未 櫻町 吉宗 赤穂 ☆5.28 森縫殿正典(縫殿家)、赤穂に於いて死去(59歳)。法名「梅心院殿龍岳隨雲居士」、墓所加里屋町江西山隨鴎寺〔可政〕。
☆8.19 三日月森俊春、赤穂藩邸に来訪。9時に出宅、夜8時帰宅〔三日月藩日記2江〕。
☆9.3 政房、利根姫君(徳川吉宗息女・伊達宗村室)安産の祝いに、江戸城へ登城。三日月森俊春、新見関政富同道〔三日月藩日記2江〕。
☆9.23 政房、新見関政富とともに三日月森俊春邸へ、九ツ半来訪。饗応ありて夜九半時辞去〔三日月藩日記2江〕。
☆10.8 三日月森俊春、赤穂藩邸を訪問 9時出宅し、夕4時帰宅〔三日月藩日記2江〕。
☆11.2 政房等、三日月森俊春より、日江戸城中にて来たる13日に招待される〔三日月藩日記2江〕。
☆11.13 政富・赤穂森政房等、三日月森俊春邸へ来訪す〔三日月藩日記2江〕。
☆12.16 政房、三日月森俊春叙爵につき祝儀の使者を送る〔三日月藩日記2江〕。
☆12.19 政房、衣笠伝右衛門をして三日月森俊春へ干鯛一箱と樽代三百疋贈り、叙任を賀せしむ〔三日月藩日記2江〕。また家老森矢柄(釆女家)、雉3尾を俊春叙任の祝儀に贈る〔三日月藩日記2江〕。
政房(26)
三日月 ☆6.26 俊春、家督相続のため、新見関政富に付き添われて江戸城に登城す。この日、長記致仕し、俊春が家督を継ぐ〔三日月藩日記2、寛政、三日月森〕。
☆7.4 高蔵寺霊屋に俊春家督相続の報告を行う。代参塩川十郎左衛門〔三日月藩日記2〕。
☆7.20 俊春、池上大坊へ家督相続後初めて参詣し、大坊へ三百疋を収む〔三日月藩日記2江〕。
☆7.27 俊春、牧野越中守宅を訪問す〔三日月藩日記2江〕。
☆8.10 瑞聖寺にて西来院殿(関長治)一周忌法要。使者に立川勘右衛門〔三日月藩日記2江〕。
☆8.12 高野山釈迦文院より、俊春襲封を祝う書状到来。河合斎宮・四郎右衛門返書す〔三日月藩日記2江〕。
☆8.19 俊春、赤穂藩邸に森政房を訪問。9時に出宅、夜8時帰宅〔三日月藩日記2江〕。
☆8.24 赤穂森釆女三隆妻長栄院(兼・長継息女)より俊春への家督相続の祝儀が届く〔三日月藩日記2〕。
☆8.23 上総飯野藩主保科正寿(森長俊の外孫)の遺物森家へ到来。唐物曲茶碗台と微宗皇帝御筆掛物を隠居長記へ、南京焼猫能香炉を藩主俊春へ、玉宝墨蹟を俊春嫡男左京可敦へ贈らる〔三日月藩日記2江〕。。
☆8.25 俊春、使者樋口甚右衛門をして保科直次郎へ返礼挨拶す〔三日月藩日記2江〕。
☆8.27 鳥取藩主松平相模守(池田 吉泰)の棺、三日月を通過す〔三日月藩日記2〕。
☆9.3 俊春、利根姫君(徳川吉宗息女・伊達宗村室)安産の祝いに、江戸城へ登城。赤穂森政房、新見関 政富同道〔三日月藩日記2江〕。
☆9.5 紀州家より、利根姫君安産祝返礼の使者到来〔三日月藩日記2江〕。
☆9.8 俊春、風気のため、使者堀田三郎兵衛をして重陽節句(9.9)の不登城を老中松平乗邑に届けしむ〔三日月藩日記2江〕。
☆9.22 俊春灸治療す。医師は益田道英・川副見理〔三日月藩日記2江〕。
☆9.23 赤穂森政房、新見関 政富、九ツ半来宅。饗応ありて夜九半時辞去〔三日月藩日記2江〕。
☆9.29 俊春、風気のため、月次登城を断る旨、老中松平乗邑・松平信祝へ報ず。使者松井儀右衛門〔三日月藩日記2江〕。
☆10.1 日向延岡藩主牧野貞通家臣遠藤平次兵衛、来宅。俊春面会す。夜七ツ半、出羽本荘藩主六郷政晴来宅〔三日月藩日記2江〕。
☆10.8 俊春 赤穂森政房邸を訪問 9時出宅し、夕4時帰宅〔三日月藩日記2江〕。
☆10.14 将軍吉宗、増上寺参詣。俊春も増上寺御霊屋に参詣す〔三日月藩日記2江〕。
☆10.24 俊春、大和小泉藩主・片桐貞起宅を訪れる〔三日月藩日記2江〕。
☆10.28 長記、於千代(俊春息女)へ脇差を与える〔三日月藩日記2江〕。
☆11.1 吉宗嫡孫竹千代(後の家治)御髪置につき、将軍吉宗・大納言家重・竹千代・生母お幸の方へ干鯛一箱を献上す〔三日月藩日記2江〕。
☆11.2 俊春、江戸城中にて13日に大和小泉藩主片桐貞起と嫡男片桐貞音・赤穂森政房・新見関政富・旗本朽木大和守を招くことを約す〔三日月藩日記2江〕。
☆11.13 俊春、江戸屋敷に大和小泉藩主片桐貞起と嫡男片桐貞音・赤穂森政房・新見関政富・旗本朽木大和守来訪す〔三日月藩日記2江〕。
☆12.15 薩摩藩主島津継豊嫡男宗信元服・偏諱拝領につき俊春、井上藤左衛門をして賀せしむ〔三日月藩日記2江〕。
☆12.16 俊春、江戸城白書院に於いて従五位下對馬守に叙任す。老中松平乗邑申渡す。赤穂森政房・新見関政富・松平兵部大輔・上総飯野藩主保科正富・美濃高須藩主松平義敏より御祝の使者到来す〔寛政、三日月藩日記2江〕。
☆12.18 出羽本荘藩主六郷政晴、自筆状を俊春に贈り、叙任を祝う。また俊春、朽木監物・摂津麻田藩主青木一都・北条相模守へ叙任祝儀の礼状を送る〔三日月藩日記2江〕。またこの日、水戸家より、俊春叙任を祝う使者到来す〔三日月藩日記2江〕。
☆12.19 俊春、大和小泉藩主片桐貞起・六郷阿波守政晴へ返書を送る。赤穂森政房・新見関政富・拓植三四郎・加納文左衛門には返礼状を送り、水戸家・松平左兵衛督・松平中務大輔・朽木監物・上総飯野藩主保科正富には返礼の使者を遣わす〔三日月藩日記2江〕。日向佐土原藩主島津忠雅・嫡子又四郎より、祝いの使者到来〔三日月藩日記2江〕。
☆12.20 俊春、島津忠雅へ樋口甚右衛門をして返礼す。また、下野壬生藩主鳥居忠意より叙任祝儀の使者到来。また長記へも祝いを伝える〔三日月藩日記2江〕。
☆12.24 紀州藩主徳川宗直より、俊春叙任を祝う使者到来〔三日月藩日記2江〕。
☆12.25 俊春、三輪林左衛門をして紀州徳川宗直に返礼す〔三日月藩日記2江〕。
長記

俊春
新見 ☆8.10 瑞聖寺にて西来院殿(関長治)一周忌法要。三日月森俊春の使者立川勘右衛門遣わされる〔三日月藩日記2江〕。
☆9.3 政富、利根姫君(徳川吉宗息女・伊達宗村室)安産の祝いに、江戸城へ登城。赤穂森政房、三日月森俊春同道〔三日月藩日記2江〕。
☆9.23 政富、赤穂森政房とともに三日月森俊春邸へ、九ツ半来訪。饗応ありて夜九半時辞去〔三日月藩日記2江〕。
☆11.2 政富等、三日月森俊春より江戸城中にて来たる13日に招待される〔三日月藩日記2江〕。
☆11.13 政富・赤穂森政房等、三日月森俊春邸へ来訪す〔三日月藩日記2江〕。
☆12.16 政富、三日月森俊春叙爵につき祝儀の使者を送る〔三日月藩日記2江〕。
政富
旗本他 ☆正.15 久留里藩士森光敏(久留里家分家)、騎士に進み大納戸武具役となり、次いで給人大目付となり新知50石を賜り、江戸詰となる〔黒稿下〕。
元文5 1740 庚申 櫻町 吉宗 赤穂 ☆5.2 政房江戸を発ち、在所へ向かう〔三日月藩日記2〕。
☆5.18 政房、赤穂帰城〔大系図〕。
☆7.7 政房を施主として、深川浄心寺に於いて長清院(長継室)33回忌法要営まれる。三日月森俊春より香典金二百疋届けられる〔三日月藩日記2江〕。
☆12.3 家老森矢柄、三日月森俊春邸へ寒中見舞いに訪れる。〔三日月藩日記2江〕。
政房(27)
三日月 ☆正.15 俊春発熱〔三日月藩日記2江〕。
☆正.17 俊春、疱瘡と診断される〔三日月藩日記2江〕。
☆正.28 俊春疱瘡快癒し、酒湯を済ませる〔三日月藩日記2〕。
☆2.7 江戸より国元へ俊春快癒の報届く〔三日月藩日記2〕。
☆5.18 俊春、元服の願い聞き届けられ〔三日月藩日記2〕。
☆5.21 俊春、元服す〔三日月藩日記2〕。
☆5.20 俊春子可敦、新見関政富帰国に付き奉札干鱈一折を贈る〔三日月藩日記2〕。
☆6.11 水戸様不幸につき俊春、三輪林左衛門をして弔せしむ〔三日月藩日記2江〕。
☆6.16 水戸家より三日月藩へ半井兵庫を以て返礼あり〔三日月藩日記2江〕。
☆6.18 俊春、再び使者を水戸家へ遣わし、水戸家使者の到来を返礼す〔三日月藩日記2江〕。
☆6.26 新見関政富、国許より俊春元服の祝いとして俊春に生□三本、長記に干鯛一折を贈る〔三日月藩日記2江〕。
☆6.27 俊春、長記へ返書を送る〔三日月藩日記2江〕。
☆7.7 深川浄心寺にて長清院(長継室)33回忌法要営まれ、施主赤穂森政房。俊春は香典金二百疋を備える〔三日月藩日記2江〕。
☆7.18 俊春、日比谷口御番所の勤番となり、京極家より引継ぎを受ける〔三日月藩日記2江〕。
☆7.24 俊春、瑠璃光寺と瑞聖寺を参詣する〔三日月藩日記2江〕。
☆F.23 俊春 池上大坊へ参詣し、金二百疋を納める〔三日月藩日記2江〕。
☆8.2 俊春、8月10日の晩より西来院(関長治)3回忌法要がある旨、新見関政富の書状到来〔三日月藩日記2江〕。林大学頭、俊春に津山藩主森長継・長武・長成の家督相続年月について問い合わせる〔三日月藩日記2江〕。
☆8.10 俊春、西来院殿(新見関長治)三回忌法要のため、瑞聖寺に参詣す〔三日月藩日記2江〕。
☆8.13 俊春、江戸の藩邸で月見を行う〔三日月藩日記2江〕。
☆8.25 俊春、大森へ遠乗りをする〔三日月藩日記2江〕。
☆9.10 長記 灸治療をする〔三日月藩日記2江〕。
☆9.18 俊春、日光東照宮の遷宮につき上野東照宮に参詣する。寛永寺松林院で休息する〔三日月藩日記2江〕。
☆9.20 来月上野で常憲院(綱吉)33回忌法事執行につき、俊春、石燈籠の調査に渋谷与一兵衛を派遣せしむ〔三日月藩日記2江〕。
☆10.16 上野寛永寺において常憲院(綱吉)33回忌法要。将軍吉宗参詣し、俊春供奉す〔三日月藩日記2〕。
☆12.3 赤穂藩森矢柄、俊春邸へ寒中見舞いに訪れる〔三日月藩日記2江〕。俊春、使者三輪林左衛門をして尾張家・紀州家・水戸家の任官を祝しむ〔三日月藩日記2〕。
☆12.4 水戸家より三日月藩へ御礼の使者到来す〔三日月藩日記2〕。
俊春
新見 ☆5.2 政富江戸を発ち、在所へ向かう〔三日月藩日記2〕。
☆5.19 政富、在所に到着〔三日月藩日記2江〕。
☆5.20 三日月森可敦より政富へ在所到着の祝儀として干鱈一折を贈らる〔三日月藩日記2〕。
☆6.26 関政富、国許より三日月森俊春元服の祝いとして俊春へ生□三本、長記へ干鯛一折を贈る〔三日月藩日記2江〕。
☆8.2 政富、三日月森俊春へ来たる8月10日の晩より西来院(関長治)3回忌法要がある旨を報ず〔三日月藩日記2江〕。
☆8.10 政富、瑞聖寺にて西来院殿(関長治)三回忌法要を執行す〔三日月藩日記2江〕。
☆10.8 政富、高運院17回忌法要を本所高隆寺に於いて執行す〔三日月藩日記2江〕。
政富
旗本他
元文6
寛保元
★2.27 改元
1741 辛酉 櫻町 吉宗 赤穂 ☆4.5 政房、参府。日比谷御門番を勤む〔大系図〕。
☆7.13 政房、三日月森俊春邸を来訪す〔三日月藩日記2江〕。
☆8 赤穂藩、三河吉田藩士木村明下の許に人(津野権平・難波半右衛門・中村軍治・三上忠蔵・粟井半蔵等)を使わして明下父昌明著「聞伝記」を筆写せしむ〔実録1〕。
政房(28)
三日月 ☆4.15 對馬守俊春、はじめて封地に行く暇を賜る〔寛政〕。
☆6.29 御裡、慈眼寺へ参詣。遊山船などを見物す〔三日月藩日記2江〕。
☆7.13 赤穂森政房、俊春邸を来訪す〔三日月藩日記2江〕。
☆8.24 将軍吉宗・増上寺へ御成につき俊春、佐久間茂左衛門を使者に遣わす〔三日月藩日記2江〕。
☆8.28 将軍吉宗・寛永寺へ御成につき俊春、佐久間茂左衛門を使者に遣わす〔三日月藩日記2江〕。
☆9.13 俊春、江戸藩邸で月見〔三日月藩日記2江〕。
☆10.11 俊春室、池上へ参詣す〔三日月藩日記2江〕。
☆10.14 将軍吉宗・増上寺へ御成につき俊春、佐久間茂左衛門を使者に遣わす〔三日月藩日記2江〕。
俊春
新見 政富
旗本他 ☆是歳 上野沼田藩士森光仲(久留里家)の子二郎左衛門(光厚)、沼田にて誕生す〔黒稿下〕。福岡藩士森正右衛門一秀(福岡家)の男子末吉誕生す〔可政〕。
寛保2 1742 壬戌 櫻町 吉宗 赤穂 ☆5.21 政房、赤穂帰城[大系図]。
☆5.25 南部備後守久信室元子(毛利綱元女・はじめ森長成室)、麻布一本松南部邸に於いて卒す(68歳)。法名「真寿院殿了栄元昌大姉」、墓所瑞聖寺、牌所長府覚苑寺[長府毛利家系譜]。
政房(29)
三日月 俊春
新見 ☆是歳 政富のの長庶子陽之助(後の備前守長誠)、備中新見に於いて誕生す。母は某氏[寛政]。 政富
旗本他 ☆3.25 旗本森銕之進政満(才兵衛家)、西丸御小姓組を辞す[寛政]。
☆7.10 旗本森弥太郎基正(半十郎家)、没す。法名「自雲院光外常天」、浅草金竜寺に葬られる[断家譜]。
☆10.3 旗本森弥太郎基正(半十郎家)の遺跡、養子近吾(のち半十郎)が相続し北条新蔵氏庸組となる[断家譜]。
☆10.26 旗本森半十郎(半十郎家)、大御番堀式部少輔直旧組に入る。その後小普請設楽善左衛門貞根支配となる[断家譜]。
寛保3 1743 癸亥 櫻町 吉宗 赤穂 ☆3.27 政房、参府[大系図]。 政房(30)
三日月 俊春
新見 政富
旗本他 ☆2.晦 旗本森半右衛門正親(次郎家)、病気により御書院番を辞し、小普請組に入る[可政、寛政]。
寛保4
延享元
★2.21 改元
1744 甲子 櫻町 吉宗 赤穂 ☆5.21 政房、赤穂帰城[大系図]。 政房(31)
三日月 俊春
新見 政富
旗本他 ☆2.10 旗本森弥太郎基正(半十郎家前当主)女子、夭折す。法名「霊雲是照信女」[断家譜]。
☆2.14 旗本森左兵衛和吉(左兵衛家)、御小姓組に列す[寛政]。
☆2.28 久留里藩士森光敏(久留里家分家)、元占役に推挙せられ、10石・役料3口を加増せらる[黒稿下]。
☆4.25 半十郎家隠居森正久、没す。法名「了禅院髄翁祖円」、浅草金竜寺に葬られる[断家譜]。
延享2 1745 乙丑 櫻町 吉宗
家重
赤穂 ☆3.8 赤穂藩、酒・醤油の値段を定める〔延享元年御廻状控帳−奥藤家文書〕。
☆3.29 政房、参府。日比谷御門番を勤む〔大系図〕。
☆9.18 政房、将軍代替による当冬参向の公家衆御馳走役を命ぜられる〔大系図〕。
政房(32)
三日月 ☆4.8 俊春、播磨・美作両国のうちに於いて54400石余の地を預けらる〔寛政〕。 俊春
新見 政富
旗本他 ☆11.15 久留里藩士森光嶢(久留里家)、馬廻番士となる[「黒稿」下]。
延享3 1746 丙寅 櫻町 家重 赤穂 ☆5.19 政房、赤穂帰城[大系図]。
☆12 家臣森縫殿正典男五郎作可保(忠洪)、政房死去に臨みて養子となる[寛政]。
☆12.朔 重臣森三隆妻兼(長継女)、卒す(81歳)。法名「長栄院殿傑叟秀栄首座」、赤穂随鴎寺に葬る[大系図]。
☆12 家臣各務利直七男五郎作(忠洪)、政房の養子となる[大系図]。
☆12.6 政房、赤穂に於いて卒す(33歳)。法名「大観院殿圓覚淨智大居士」、赤穂花岳寺に葬られる[大系図、寛政]。
政房(33)
三日月 ☆是歳 俊春嫡男達五郎(後の河内守俊韶)、乃井野に於いて誕生す[寛政]。 俊春
新見 政富
旗本他