-----  ラブリー


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 もうサイアクー。なんで? 交友関係リセットしろって事? 信じられない。
 つい昨日、学校で仲良くなった子達と番号交換したばっかりなのに、また教えて貰わなきゃならないじゃない。それよか、今までのデータはどうしてくれるのよ。高校卒業しちゃったらなかなか会えない子とかいるんだから。
 新機種が出るまであと少しだから我慢してたのに、手にしているのは今度出る機種の一個前の型の携帯電話。でもあたしが持っていたものよりは新しい。どっちにしろこの型にする予定だったけど、安くなるの待ってたつもりがとんだ災難。タイミング悪すぎ。
 ぶつぶつ思いながら登録作業よりも、先に番号を押す。
「だーれだ」
『誰かと思った。どこの番号?』
 驚かそうと思ったのに、そんなにあっさり分かられちゃうとつまんない。
「買い換えたの。トイレに落としちゃって一瞬でパー」
『ふーん、データ消えたのによく俺の番号分かったね』
 くすくすと笑う椿の声が聞こえる。どういう顔をしているか想像できて、あたしはムッとした。
「椿、ケンカ売ってる? 覚えないと電話に出てやらないとか理不尽なこと言った人は誰よ」
『あんなの冗談だよ』
「ウソだ。買ってしばらくの間、おかけになった番号を今一度復唱して下さいって言ってたじゃないのよ」
『だからそれが冗談だってば。で? 用件はなんだよ』
 ああ、そうだ。まず何よりも先にかけた理由は椿だからってわけじゃない。
「今日はもう学校終わり? もう家に帰ってくる?」
『え? ああ、そのつもりだけど』
「じゃあ、すぐ帰ってきて。至急帰ってきて。可及的速やかに帰ってきて」
『なんだよ』
「帰ってきてから話す」
『ふーん、そう。じゃあまた後で』
 大学に進学して、それまでなんだかんだで一緒にいた椿と会う機会はぐっと減った。予想していたことだけれど、私が思ってた以上に椿は忙しいみたい。だけど反比例するように、話す機会は増えているからなんだか不思議だ。他愛のないことでも、声を聞くことでお互いに安心感を得ているのかもしれない。
 もうすぐあたしんちの前だと電話を貰って、椿の家に一緒に向かう。こうして並んで歩くのって久しぶりかも。なんとなくタバコの匂いがする。一緒につるんでるヤツがヘビースモーカーなんだよと言いながら、椿は自分のシャツの匂いを嗅いだ。
「で、なに」
 鞄をソファに投げて、椿は冷蔵庫に向かう。あたしは鞄を端に置き直すとソファに座った。
「なんか飲む?」
「椿の入れた紅茶」
「やだ」
 むーっ、訊いたくせに、選択権はないわけ? 椿はウーロン茶のペットボトルとコップふたつを持ってくると、あたしの隣に座る。
「で、なに」
 あたしは昨日発売された雑誌を椿に突き出した。
「なんだよ」
 椿は怪訝な顔をしてあたしと雑誌とを見比べる。もうっ、まだすっとぼける気なのか。あたしは口を尖らせてページを捲った。見開きのその紙面に椿の顔色が変わる。
「何で黙ってたのよ」
「コレでよく分かったな」
 分かるっつーの! だてに十年以上一緒にいたわけじゃないんだから。学校でたまたま買った雑誌見てて、そのページ開いた時には思わず大きな声上げちゃったわよ。友達がその広告の長谷川ヒトミってカッコイイよねーなんて言ってたけど、目に留まったのはそこじゃなくって。そりゃ年上のあたしよりもずっと大人っぽくて、ぼんきゅっぼーんだけど! この写真の格好だってクール系でムネがないと着こなせないような衣装だけど!
 なんでその長谷川ヒトミが笑みを浮かべて抱きついてる相手が椿なのよ。
 後ろ姿だけどちゃんと分かるんだから。肩越しにこっちを見つめてる長谷川ヒトミが、ほらほらどうよ? って言ってるように見えるのは私だけ?
 ほんとは、目に付くべき所はその華奢そうな腕に巻き付いてるプラチナのブレスレットなんだろうけど、悪いけど友達に言われるまでそんなのかすりもしなかった。
 それに今のその頭見れば尚更でしょう? 毛先がしゃきしゃきしててちょっとワイルドっぽくてさ、どう考えても今までの椿がオーダーするような髪型じゃないもん。バイトの時についでに切って貰ったって、そんなついでがあるわけないでしょう。なんかおかしいなって思ったんだ。
 椿って、仏頂面だけど、別に不細工ってわけじゃないし、なんていうか涼しげな顔っていうか、だから余計になんていうか、ああもう悔しいな。認めたくないけどすごく似合っててかっこいいんだもん。今だって困ったような顔してあたしを見てるけど、前は見せなかったそういう顔が、顔が、顔が、かわいさ余って憎さ百倍って感じ?
 確か体型はお父さん似で、顔つきはお母さん似だっておじさんが言ってたっけ。ということは椿のお母さんはかなり綺麗だったんだっていうのがイヤでも分かっちゃう。だいたい、ちょっと前まではそんなカッコよくもなくって、ただいつも不機嫌そうにしてるだけだったのに。なんでよ、なんでこんなに変わっちゃうの。
 歯がゆくてぷいっと顔を背けると椿が耳の後ろを掻きながらぼそりと呟く。
「黙ってたのは悪かったけど、ほら、アレだよ」
 アレってドレよ?!
「恥ずかしくて言えなかった」
「はあ?!」
「いや、だから、不可抗力だったんだ」
 椿はウーロン茶をごくっと飲むと、いきさつを説明した。確かに春休み中はほとんどおじさんの仕事場でバイトしてたみたいだけど。そのバイトがこれだったの?
「こういうのは1日だけ、コレ一回きりだよ。了解?」
「了解。だけど…」
 なんか気に食わない。椿は背もたれに体を預けると溜息をつく。そうかと思ったら急ににやりとした。
「ああそっか、ヤキモチやいてんの?」
「ち、違うよっ。誰が椿なんかに…」
「ふーん、そういうことか」
 椿はあんな広告なんてどうでもいいというように、雑誌をテーブルに放り投げる。
「ああっ、まだ読みかけ…」
 テーブルに伸ばしかけた腕を掴まれた。そのままぐいっと引っぱられて椿の方へ引き寄せられる。頭が椿の肩先にぶつかった。椿の息が耳の後ろの方にかかって鳥肌が立つ。うわぁ、なんなの? こんなことされちゃうと調子狂っちゃうんだけど。ただでさえ頭が沸騰しそうなのに、椿は背中に腕を回してくる。これって雑誌と同じポーズじゃない。
 チクショー、長谷川ヒトミめー。
「確かに」
 耳元に椿の鼻先が掠めて体がピクッと反応してしまう。声が直接響く感じ。もやもやしてたのがどうでもよくなってきてあたしは目を閉じた。
「ムネは美哉よりでかかったけど…」
 その瞬間、体を引き剥がす。目を丸くしてる椿を睨み付けると、椿のこめかみに握り拳を当ててぐりぐりと押しつける。悪かったなぁ、ムネなくて。
「痛いって。だから、別にムネはどうでもいいんだよ、どうせ巨乳派じゃないし」
 さらにぐいぐいと押しつけていた手が止まった。今なんて言った? 目が点になったあたしをうかがうように、椿の目が笑っている。
「これぐらいでいいって」
「うわぁっ、ちょっとなにすんのよヘンタイ!」
「ヘンタイ…」
 心外だ、って顔してるけど、よくもそんな、なんでもない顔してムネを鷲掴みにできるわね。ほんとにもう、なんてヤツだ。睨み付けてると椿は不満そうな声を上げた。
「自分の彼女のムネ触ってなにが悪いんだよ」
「いきなり触るなんて、悪いよっ」
「じゃあ予告したらいいんだ?」
「いっ、いいワケないでしょう?!」
 焦って叫んだら、椿が吹き出して笑いだした。
「あー、美哉からかうと面白い」
「ムッカつくー。もういいっ、帰る」
「なんだよ、マジで?」
 憤慨して立ち上がると、椿も慌てて腰を上げた。
「マジマジ。大マジ。椿みたいなヤツは豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえっ」
「あ、豆腐で思い出した」
 なによ、と振り返る。
「親父がさ、麻婆豆腐が食いたいんだってさ。今日俺が食事当番なんだけど手伝って」
 受験が終わったからご飯の当番制が復活したらしいけど、おじさんは椿が作ったことないものばっかりリクエストするんだって言ってたっけ。麻婆豆腐を作ったことないのかどうかはともかく、椿に頼み事されるのは滅多にない。しょうがないなぁって顔したら、一緒に食ってっていいからさ、とあたしの手を取ってキッチンへ引っぱっていく。
「もう少しいろよ」
 あたしに背を向けたまま、椿がぼそりと呟いた。顔が熱くなる。こういうこと急に言うから、どんどんダメになっちゃうの、椿は分かってるのかな。


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