----- パーフェクト


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「美哉(みや)、会長が呼んでる」
 昼休み、のんきにお弁当を食べていると、クラスの女の子がビックリした顔で声を掛けてきた。入り口を見ると、北野椿(きたのつばき)がいつもの能面のような顔でこっちを見ている。
 男にしては綺麗な顔だけど、十七歳にしては冷ややかな表情。さらさらの髪はきちんと切りそろえられ、長身かつ細身の体で制服をきっちり着こなすその姿は制服モデル。むしろマネキン人形だ。歩くお手本の彼はまさしく”生徒会長”の名にふさわしい。
「なんか、怒ってるみたいなんだけど?」
「大丈夫、アレは怒ってる顔じゃないから」
 わざとゆっくり椿のもとへ行くと、睨みながら溜息をつかれた。息があたしの頭のてっぺんをかすめる。
「なあに?」
「美哉、いくらおまえでも普段の動作はとろくないはずだけど」
「も少し愛想良くしてよ、女の子ビビらせないで」
 腕組みをしていた椿は片方の眉をぴくりと動かした。
「何もしてない。西田呼べって言っただけだよ。それより辞書返せ、辞書」
「じしょ?」
「英語の辞書。昨日、間違えて俺のまで持って帰っただろ。次の時間なんだから、早く返せ」
 椿はじれったそうに片足を踏み鳴らす。
「アレ?そうだっけ、ちょっと待って」
 席へ戻って机の中をかき回したけど、出てきたのは太いマジックで”みや”とでかでかといたずら書きされた方だった。
「何やってんの、美哉」
 牛乳のストローを噛みながら、間延びした声で親友の園子(そのこ)が言った。あたしの前の席の椅子に跨り、背もたれを抱え込むようにして座っている。いたずら書きの犯人だ。
「んー、辞書がさぁ」
 鞄を開けていると椿が耐えきれずにやって来た。
「はーやーくー」
 低い声でつぶやきながら、あたしの足先にぽこぽこケリを入れてくる。ここまで来るんなら初めから人使わずに来ればいいのに、という言葉を飲み込んで探すけど、ない。
 椿はあたしの辞書を怪訝な顔で見つめていたけど、それを掴み、
「これでいい、貸せ」
 と短く言うとくるりと背を向けた。
「あっ」
 顔を上げたときにはもう椿の姿はなかった。入り口の方をぼんやりと見て、あたしは重力に引っ張られるように椅子に座る。教室のそこかしこから溜息が漏れるのが聞こえた。
「久しぶりに会長、間近で見たわ。相変わらずアンドロイドだねぇ」
 まだストローを噛みながら園子は言った。
「ねぇ、今朝1年っぽい子がまた話してたよ『生徒会長とぉー、よく一緒にいる人ってぇー、もしかして彼女さんかなぁー』って。大変だよね、あんな幼なじみ持つと」
「もう慣れちゃった。今度、腕でも組んで歩いてやろうかな」
 園子は呆れ顔で笑った。
「またそうやって誤解を招くようなことを考えるんだから、あんたは」
「だってさぁ、いちいち幼なじみですって説明するの、もうめんどくさいんだもん」
 あたしの牛乳に伸ばしかけた園子の手をぴしゃりと叩いて牛乳を手に取ると、深く溜息をついた。


 この高校の、とても優秀な生徒会長の北野椿は、あたしの幼なじみだ。
 園子曰く、”よっぽどのことがない限り無表情で何考えてるかさっぱり分からない”椿はテストで3番以下になったことはないし、スポーツなら何やらせてもそつなくこなす。試合の助っ人に駆り出されて入賞を手にしてくるのもざらだ。欠点とか弱点とかをさらけ出したことは、あたしが知る限りたぶんない。アンドロイドだの宇宙人だの言われたってしょうがないと思う。


「美哉、いっそのこと会長とつきあっちゃえばいいんだよ」
 放課後、掃除当番で気だるくモップ掛けをしていると、園子が思い出したように言った。
「なんでよ。あたしにだって選ぶ権利はある」
 憤慨して言うと園子は笑った。
「会長には選ぶ権利がないような言い方が、あんたのすごいところよね」
 あたしはそれを無視してさらに続ける。
「そうだな、椿がタッキーみたいに可愛かったら考えてもいいけどね」
「…正反対の持ってくるね。あたし可愛い会長なんて見たくない」
 あたし達の様子を見て、机を運んでいた学級委員長が声を掛けてきた。
「なあ、西田。会長が笑うときってどんなとき?」
 今日は椿づくしだ。あたしは保護者じゃないっつーの、と内心ぶーたれていると委員長は感心したように言った。
「俺、会長の笑った顔って一度も見たことないんだよね。会議中なんて目据わってて、こえーしさぁ。西田よく普通に喋れんな」
「そりゃ幼稚園から一緒だからなー。あれでもけっこう笑うんだけど。よく笑ってるのはポーカーしてるときかな。あたしのお姉ちゃんと」
「ポーカーしながら笑うのか? えらく不気味だな、それって」
 学級委員長は呆気にとられたような顔をしている。
「そうなんだけど、事実なんだよね」
「俺、ポーカーフェイスって言葉は、普段の会長の顔を指してると思ってたんだけど。当の本人は笑うのか…ますます分かんねえや」
「椿ってそんなに近寄りがたいかな?」
「そーりゃもう」
 さっきまで同じくモップ掛けをしてた子が話に入ってきた。語らせてくれよと言いたげに目が輝いている。
「体育んときのサッカーなんて、北野が来たら思わず避けちゃうもんね」
「あほか、そりゃお前が下手だからだって」
 二人はお互いに蹴りあいながらじゃれている。そういえば椿のこういう姿って見たことないかも、と思っていると園子がさらに加わる。
「でもさ、会長と同じクラスの麻生君は? よくつるんでるじゃん」
 学級委員長は顔の前で手を振りながら笑う。
「麻生は別。奴もなんかおっかねえもん」
「ならさ、脇の下でもくすぐってやれば? 弱いからすぐひゃーひゃー言うはずだよ」
 一同は意外だという顔をした。
「くすぐったあとどうなんの?」
「多分、”あの顔”で、握り拳で頭ごりごりされる」
「怖いもの見たさでやってみてぇ」
 と言いつつもみんなして妙な空笑いが起きる。昔の話だからなぁ、今となってはそんな行為、猫に鈴付けに行くようなものかもしれない。
「北野ってさあ、背高いし、顔いいし、頭いいし、運動神経いいし、生徒会長やって先生の評判いいし、無敵だよなあ。すげえよ」
「でもって、彼女いない歴17年なんだよね」
 園子がニヤニヤしながら付け加えた。
「うっそマジで?」
 あたしはモップの柄のてっぺんに顎を乗っけたまま頷いた。
「なんで? 今まで一人もいないってコト?」
「うん、そうだと思う」
「俺ずっと西田がそうなのかと思ってた」
「まさか」
 あたしは笑った。


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