----- サテライト




 天井の隅にあるシミをずっと見ていた。
 なんだか、ウサギに似てる。
 あたしの上で必死に腰振ってる男はそんなあたしに気付いてない。
 荒い息づかいが部屋に響いている。
 あたしは、感じているフリをしていた。

 夜明け前、あたしはこっそり男の部屋から抜け出した。
「さよなら、佐々木君」
 呟いて、そっとドアを閉めた。


「沙苗(さなえ)ちゃん、今日お泊まりにいってもイイ?」
 あたしは教室に着くなり、沙苗ちゃんにそう言った。沙苗ちゃんは別に驚いている様子でもない。
「純(じゅん)ちゃん、どうしたの?」
「おかーさんとケンカした」
 あたしはふくれツラで隣に座る。タバコが吸いたかったけど、もうチャイムが鳴ってしまった。ジーさんの教授がのろのろと入ってくる。あー、あのテンポ見てるだけでイライラするわ。
 沙苗ちゃんがくすりと微笑む。悔しいけど、沙苗ちゃんの側にいるとやさぐれモードが星の彼方に飛んでってしまうんだよね。
 沙苗ちゃんは好き。小動物みたいでかわいいし、あたしがどんな風に男とつき合ってるかを知っても咎めたりしない。沙苗ちゃんをゲットしたハトコの秋良(あきよし)は顔合わす度に、そーゆーつき合い方はやめろとかいいかげんにしろとかうざいけど。
 最初はなんで沙苗ちゃんはあんな男で良しとしたのか納得行かなかったけど、今なら許してやろうと思う。バカみたいに純情な秋良が沙苗ちゃんほっぽって浮気するとは思えないしね。


「おじゃましまーす」
「あ、お兄ちゃんが帰ってきてる」
 玄関に大きな靴が転がっていた。
 沙苗ちゃんは三人兄妹の末っ子。歳の離れたお兄さんがいるんだって。一人はもう結婚してて、一人はどっかの大学の研究室に籠もってるんだったっけ。出身は地方でも田舎の方らしくて、沙苗ちゃんは下のお兄さんと一緒にこじんまりした賃貸マンションに住んでる。何度か遊びに来たことがあったけど、お兄さんと顔を合わせたことはなかった。
「純ちゃん、こっち」
 沙苗ちゃんに促されて部屋へ行く。居間として割り当ててる部屋に、ソファをめいっぱい占領して新聞を読んでいる男の人がいた。
「お兄ちゃん、お友達連れてきたんだけど」
「え? ああ、ごめん。すぐ退散するよ」
 ひょろっとした長身がのそりと起きあがった。新聞で隠れていた上半身が現れる。新聞を畳むと、短く刈り上げた頭をなでた。細いフレームのメガネの奥にある瞳が優しげに細められる。
「えーと、こちらは大学のお友達の純ちゃん。今日は家にお泊まりするから。純ちゃん、真ん中のお兄ちゃん」
「初めまして。千ヶ崎(ちがさき)純です。お邪魔します」
「こちらこそ初めまして。兄の龍司(りゅうじ)です。いつも沙苗がお世話になってます」
 龍司さんはにっこり笑った。
 沙苗ちゃんに何となく雰囲気が似てる。兄弟ってこんなものなのかな。あたしは一人っ子だからよく分からないけど。
 凝視するように龍司さんを見ていたのかも知れない。それじゃ、と龍司さんはそそくさとその場を逃れるようにさらに奥の部屋へ消えていった。あたしは我に返った。
「純ちゃん、どうしてお母さんとケンカしたの?」
 沙苗ちゃんがお茶を入れてくれる。
「男のアパートに一週間くらい居着いてたから」
「それって、例によって…」
「うん、連絡なし」
 困ったような顔をして、連絡くらいはしなきゃ私だって心配だわ、と沙苗ちゃんは伏し目がちに言った。
 そうかな? だって今に始まったことじゃないんだけどな。
「だけどね、今朝でさよならしてきた」
「だから佐々木君は何か言いたそうな顔してこっち見てたのね」
「そうなの?」
「そう」
 それは気付かなかったな。
 沙苗ちゃんは軽く目を見開くと、しょうがないなあという顔をして笑った。

 沙苗ちゃん家は好き。
 自分の家よりも落ち着く。
 神経質なおかーさんも、娘を娼婦のような目で見るおとーさんもいないから。
 沙苗ちゃんの家は、あったかい。
 だから、好き。


「なあ、純、キモチいい?」
 あたしのお腹に舌を這わせながら男が訊く。
 ばーか。そう言うこと訊くからキモチよくなくなるのに。 
「うん、キモチいいよ」
 そう言いながら、首をのけ反らせる。

 そこで目が覚めた。
 首をのけ反らせたまま、天井と壁の接点を塞ぐ細い板が見えた。
 つい最近の男とのエッチ。内容もそのままのすごくリアルな夢だった。
 振り返るとベッドの上の沙苗ちゃんはこちら側に体を向けて寝ている。思わず寝返りを打った。
 嘘ばっかり。
 どうしてなんだろう。回数を重ねれば重ねるほど、この行為っていったいナニって考えてしまう。しかも最中に。
 男があたしの体をまさぐるたびに、動物みたいな感じがして可笑しくなってしまう。モチロン、人間の一番動物的な、本能の部分での行為ではあるけれど。なんだかちっとも”考える葦”のする行為には思えないんだな。 
 秋良は「お前には情愛はないのか」って言う。
 ないわけじゃない。
 探してるのに見つからないだけって、今は解釈してる。
 秋良にみたいに、きれい事だけで恋愛は進まないのよ。エッチが後か先かなんて、そんなのどうだっていいじゃない。純情ぶっててもなにも変わらないんだから。
 なのにどうしてあたしの名前は『純』なのかな?
 
 喉の渇きが我慢できなくて起きあがる。
 時計の音と少しタイミングをずらしながら沙苗ちゃんの寝息。部屋で音を立てるものはそれだけ。なのに眠れないときには耳障りな音だった。
 そっとドアを開ける。真っ暗なはずの部屋に、部屋の電気は消えているんだけどテレビの青白い光がちらちらと光っている。
 龍司さんが昼間の時と同じように、ソファに寝ころんでいた。
「あれ、どうしたの?」
 ゆらりと部屋から出てきたあたしに気付いて、龍司さんは声をひそめて言った。
「あの、喉が渇いて…」
「冷蔵庫から勝手に漁って好きなの飲んでいいよ」
 龍司さんはふっと目を細めて笑った。薄い唇の端がきゅっと上がる。
 台所へ行って、冷蔵庫から作り置きのウーロン茶を取り出す。
「ついでに僕にももらえるかな」
 ソファ越しに龍司さんが言った。 
 ウーロン茶の入ったグラスを二つ持って龍司さんの近くへ行く。
「ありがとう。久しぶりに家に帰ってきたっていうのに何だか眠れなくてね」
 龍司さんは起きあがりながらグラスを受け取ると、一口飲んだ。お茶で湿った唇がテレビの明かりでてらっと光る。
 あたしはさっきからそれだけをじっと見ていた。
 渇いていたのは喉なんかじゃなかったことに気がついた。
「純ちゃん?」
 その呼びかけに促されるように、あたしは龍司さんをソファに押し倒した。龍司さんの上に跨って、首筋に顔を寄せる。
「ちょ、ちょっと待った」
 力強い手で龍司さんに肩を押し返される。その手を掴んで自分の胸に押し当てた。
「純ちゃん…」
「しよ?」
 あたしは真っ直ぐ龍司さんを見下ろす。龍司さんもあたしを真っ直ぐ見つめていた。
「したくならない?」
「純ちゃん」
「してもいいよ」
「シーッ」
 龍司さんはもう片方の人さし指を口に当てると、ゆっくりと上体を起こす。あたしはバランスを崩して後ろへ倒れそうになる。龍司さんの腕を掴んでいた手に力が入った。
「大きな声出すと沙苗が起きるよ」
 沙苗ちゃんの名前に一瞬どきっとしたけど、あたしはそれを無視して目の前の顔に、唇を寄せようと顔を近づけた。  
「こらこらこら」
 龍司さんは苦笑しながら顔を逸らせると、あたしの頭に手を当てて肩へ押しつけた。
「いったいどうしたの?」
「どうもしないよ。こんな時間で、こんなシチュエーションで、したいって思わない?」
「思わないよ」
「フノウなの?」
「傷付くなぁ」
 あたしは手を下の方へ忍ばせた。弾かれたように龍司さんはあたしを引き剥がす。
「ちょっと、ストップ」
 嘘ばっかり。
「違うじゃない」
 あたしはくすっと笑った。
「こんなになってるのに、したくならないの?」
「そりゃあ、こんなコトされれば、体は正直に反応しちゃうけど。頑張って理性を失わないようにしてるのに、ひどいな」
「本気でそう思ってるの?」
「そうだよ」
 なんで? あたしはなんだか龍司さんが宇宙人のような気がしてきた。
 龍司さんは目を細めて囁くように呟いた。
「そうか、そういうことか」
 そっと頭をなでられた。あたしは目を見開いた。
「…そっか」
 龍司さんはふふっと静かに笑った。
 あたしの体をもう一度引き寄せる。ぎゅっと抱きしめられた。
 ただ、それだけ。 
 ああ、ヤダ。なんで?
 龍司さんの心臓の音が、トクトクと少し早いリズムで聞こえた。その音を聞きながら目を閉じる。
「沙苗が起きるとまずいから、ここまで」
 ふいに耳元で囁かれて、思わず体がびくっと揺れる。
「こういうことはもうやめなきゃ」
 龍司さんの体がゆっくりと離れる。おやすみと言い残して龍司さんは部屋へ戻っていく。
 あたしはしばらく呆然とソファの上に座り込んでいた。
 こんなの初めてだった。


 なんだか、負けたような気がして悔しくて、そういう気持ちを打ち消すようにあたしは相手を求めていた。
 心の隙間を埋めてくれる人。
 少なくともあたしが「愛」を感じることが出来る人。
 それをカラダで表現してくれる人。
 言葉でならいくらでも言える。あたしが求めれば男はそれに応えてくれる。なのに龍司さんは違った。
「あ…」
 目の前の男が薄ら笑いを浮かべて汗ばんだ体を打ちつけてくる。
 思い出さないようにしていたのに、ふと目を開けたときに男の顔に龍司さんの顔が重なった。
「や…、ヤダ、やめて!!」
 思わず顔を逸らせて叫んだ。
 振り払った腕が男の横っ面を思い切り打ち付けた。カッとなった男が反射的にあたしをぶった。
「やあっ」
 あたしが身を捩って手で顔を覆う姿に興奮したのか、男は何度もあたしの顔をぶった。振り上げられる腕の隙間から恍惚としたような表情が見えた。
 あたしの上に乗っかってるヤツはあたしの求めてる人じゃない。
 途中から半分意識が遠のきかけてナニをされたのか思い出せなかった。 


 逃げるように男の部屋から抜け出した。
 おぼろ月夜の光がやんわりとあたしを包んでくれる。でもちっとも癒されなかった。
 口の中でじわりと鉄の味がした。鏡を見るのを忘れてきたけど、きっとヒサンな顔してるんだと思う。
 当然、家には帰れなかった。
 沙苗ちゃんは確か秋良のアパートに行くって、夕方嬉しそうに言ってたっけ。こんな時間に泊めてくれる友達は、タクシーで行くにはお金が掛かりすぎる距離。コンビニや漫画喫茶で時間を潰すにも体の節々が痛かったし、今の姿じゃ警察に通報されかねない。
 それだけはイヤ。
 あの人の顔さえ思い出さなければこんなコトにはならなかったのかもしれない。そう思ったら、腹が立ってしょうがなかった。なのに、この間のやさしい声が今でも耳元に残ってる。
 痛む腕をさすりながらタクシーを呼び止める。
 絶対いるって確信もないまま、あたしは沙苗ちゃん家の住所を告げた。


 何度もチャイムを押す。応答はなかった。あたしはドアの前にしゃがみ込んだ。タバコを取り出してくわえる。火を付けて思い切り吸い込んだら口の中に鈍い痛みが走った。
 痛みを堪えながら、ふーっと細く長く息を吐く。
「純ちゃん?」
 声の方へ振り向くと、龍司さんがコンビニの袋を下げて階段を上がりきったところに立っていた。
 あたしは立ち上がった。姿を見ただけで泣きそうになった。
 龍司さんはお互いの顔がよく見えるところまで近付いてくると途端に顔をしかめた。
「龍司さんのせいだ」
 そっと頬に伸ばされる手にあたしは目を閉じた。その気配を、視覚以外の神経をフル活動させて感じる。
「龍司さんがあんなこと言わなかったら、あたしは」
 今まで通りでいられたのに。
 頭が龍司さんの胸元へ引き寄せられた。龍司さんは小さくごめんねと呟いた。

 シャワーを借りて汚れた体を洗い流す。それでもこの体に染みついたものは落ちてくれない。何もかもリセットできたらいいのに。
 龍司さんがアザが出来てる頬を冷やすためにタオルと氷水の入った洗面器を用意してくれてた。言われるままにソファに座って、頬に冷たいタオルをあてがってもらう。
「沙苗には連絡取った方がいい?」
 あたしは思わず体を固くして龍司さんのTシャツを掴んだ。
「僕は黙ってることにするけどその顔ですぐにばれちゃうよ」
「沙苗ちゃんを心配させたくないの」
 大したことないと考えてたら、思ったよりも派手に殴られてたことが分かってあたしは動揺していた。さっきまで沙苗ちゃんにすがろうとしていたのに。
「分からないな」
 龍司さんは、穏やかな低い声で呟く。
「何を君は焦っているの」
「焦ってる?」
 あたしは顔を上げて龍司さんを見据えた。
「そうだよ。自分の体を犠牲にしてまで得ようとしているものはいったいなんなの?」
 メガネの奥の瞳があたしを捉える。
 あたしが得ようとしているもの?
 無言で首を振ることしかできなかった。龍司さんは溜息をついた。
「沙苗から話は聞いてたけど。こんなに不器用で、こんなに一生懸命なんだとは思わなかったよ」
 龍司さんがタオルを洗面器に浸けて絞る様子をぼんやりと目で追う。再び頬に冷たいタオルがあてがわれた。 
「純ちゃんは沙苗や秋良君よりずっと純粋だね」 
「あたしが?」
 龍司さんは頷きながら静かに微笑んだ。
「僕がやめろって言ったのは、もう純ちゃんに傷付いて欲しくないと思ったからだよ」
「もう遅いよ」
「そうだね」
 なんでこんなに心が安らいじゃうんだろう。沙苗ちゃんのお兄さんだから? 泣きたくないのに、勝手に涙がこみ上げてくる。龍司さんの指が涙をすくう。
「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「そうだね」
「何度も沙苗ちゃん家に遊びに来てたのに、なんですれ違ってばかりだったのかな」
「そうだね」
 ごめんねと龍司さんは優しく言うとあたしを抱き寄せた。へんなの。龍司さんのせいじゃないのに。
「だって実は知ってたから」
 あたしが駅から沙苗ちゃん家に向かう途中、何度かすれ違ってたことがあって、その度にあたしは眉間にしわを寄せているか涙を拭っているかしてたことを龍司さんは言った。
 自分じゃ全然気がつかなかった。
 それよりもそんな風にして龍司さんがあたしを知ってたなんて。
「どういう男達が君をあんな表情にさせてるんだろうって思ってたけど、直接純ちゃんと話すきっかけがなかったから」
 今まで、龍司さんはずーっとあたしを見てるだけだったの? 自分の知らないところで遠巻きにこっそり観察されてるなんて。
「人工衛星みたい」
「なんだそりゃ」
 ぽつりとそう言ったあたしに龍司さんは吹き出した。あたしは龍司さんの体に腕を回した。
「見ているだけじゃなくて、側に下りて来て」
「そう言う意味なら、純ちゃんがどこへ動こうと僕はいつも純ちゃんの側にいるよ」
「見えないところで?」
「じゃあよく見える月になろうかな」
 龍司さんは目を細めて微笑んだ。
「もっと近くがいい」
 ふいに龍司さんがあたしの頬にそっと触れる。
「純ちゃん、確かめる方法はなにもセックスだけじゃないよ」
 龍司さんの顔がゆっくりと近付いてきて、瞼に唇がそっと押し当てられた。たったそれだけで心臓が倍の速さで動き出す。
「キスだけでも充分分かると思うんだけど。違うかな?」
 艶やかに龍司さんが笑う。あたしは龍司さんのメガネをそっと外した。同じように龍司さんの瞼にキスをする。
「龍司さんは分かった?」
「うん、分かったよ」
 求めるように唇を寄せるとそれに応えて優しく唇が塞がれる。息が止まりそうだった。
 だから、もっと。
 見てるだけじゃなくて。
 あたしは龍司さんの耳たぶに噛みついた。
 龍司さんがゆっくりとあたしをソファに押し倒す。
 そのまま、首筋に点々とキスされていく。
 感じてるフリとか、”考える葦”のする行為とか、そういうことを考えてる余裕もなかった。初めての時よりも緊張したかもしれない。いや初めての時は緊張すらしなかったんだっけ。
 龍司さんの手が触れる度に溜息が漏れる。
 お腹の中を突き上げる衝撃に何度もうわずった声があがった。
 気がついたら涙がこぼれていた。
 

 沙苗ちゃんに言ったときも、その驚きっぷりは面白かったけど、秋良の場合はもっと傑作。大学の正門から校舎までの道を歩きながら唐突に切りだすと、秋良は立ち止まった。
「純。なんか俺、難聴になっちゃったのかなぁ。…もっかい言ってみ?」
「コドモが出来た」
「なんで?!」
 ヒステリックに秋良が叫ぶ。その辺にいた人たちが何事かと振り返る。
「なんでって言われても、ヤれば出来るでしょ」
「そうじゃなくて!!」
 最初の頃のエッチがすっごい濃かったんだよねと言ったら、秋良があたしを睨み付ける。
「つきあい始めてまだ三ヶ月だろ?」
「あたしには最長記録だし、それで十分分かったもん」
 頭を抱えてしゃがみ込む秋良の頭にぽんと手をのせた。
「この間、龍司さん家に挨拶しに来たし。もし秋良が沙苗ちゃんと結婚したら、あたしのことは”お義姉さん”て呼んでよね」
「嘘だろ…」
 あたしはそれには構わずに秋良の横へしゃがみ込む。
「それよりさ、相談があるんだけど」
「ナニ?」 
 恨めしそうな顔をする秋良にあたしはにっこり笑った。
「名前をさ、『三船敏郎』の”敏郎”か『椿三十郎』の”三十郎”か迷ってるんだけどどっちがイイと思う?」
 それを聞いて秋良はすくっと立ちがった。
 なに? なんで? なんでリアクションが沙苗ちゃんと同じなのよ?
 じゃ! と真顔で手を挙げて去ろうとする秋良を追いかける。
「待ちなさいよ。沙苗ちゃんといい、あんたといい、なんで黙っちゃうのよー!」
「いや、そういうのは龍司さんと決めろ。な?」
 そう言いながら秋良はものすごい勢いで逃げていった。
 なんでよぅ。
 龍司さんはここんとこ大学に詰めっぱなしで会えないんだからね。
 遠くなった秋良の後ろ姿をしばらく見つめて、溜息をついた。ふと目線を下ろすと、履いてたサンダルに目が止まった。
 よし。ちゃんと上向いたら”三十郎”、底が上向いたら”敏郎”にしよう。
 あたしは片足を振り上げてサンダルをえいっと放った。
 結果は”三十郎”。
 今夜、龍司さんに電話して報告しよう。あたしはきししと笑った。
  
                                 - 終 -


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