----- エクストラホット!


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 妃奈子が佐久間家へ居候するようになって幾日かが過ぎた。
 その間に分かったことは、その家の主である佐久間の父、弦(げん)は、厳つい見た目の割に子煩悩で、年頃の娘を嫁に出そうなどという考えはこれっぽっちも持っていないということ。その妻、香世(かよ)はやはり佐久間の言うとおり、可愛らしいものが大好きな少女のような人であること。
 そして彼らの娘である佐久間鹿恵は、セクシーな外見とは裏腹に、恐ろしいほど男勝りに育っているということである。
「鹿恵ちゃんももう少し妃奈子ちゃんみたいなしとやかさがあればいいのにねぇ」
 香世はそう言いながら妃奈子の髪を結っている。陶器のような白い肌に、漆黒の長い髪の妃奈子はまさに香世にとって絶好のおもちゃらしく、娘にはさせてくれなかったことをここぞとばかりに妃奈子にしている。妃奈子も綺麗に髪の毛を編み込んで貰うことに悪い気はしない。今のところは適度に需要と供給のバランスが取れていると言っていいだろう。
 人形のように香世にされるがままになっている妃奈子は佐久間の方を見た。
「しとやかに犯人を逮捕する刑事がいたら見てみたいわよ」
 そう毒づきながら佐久間は先ほど塗った口紅の具合を確かめると、よし、と気合いを入れた。佐久間の出で立ちはノースリーブのシャツに、左膝の上にざっくりとスリットの入ったスカートで可愛らしさからはほど遠い。
 溢れんばかりの色気がさばさばした言動で差し引かれて、佐久間鹿恵は女性から見ても嫌味のない魅力を醸し出している。
「じゃあ、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
 妃奈子はその後ろ姿を見つめながらほうっと溜息をつく。お人形のようね、と言われる自分とは対極にいる佐久間を羨ましく思った。香世はいい顔をしていないが、自立した大人の女性を思わせる佐久間は、妃奈子にとっては憧れの存在になりつつある。
 保苑さんの好きな女の人のタイプって、どんなかんじなんだろう?
 ふっとそういう思いに囚われて、妃奈子は香世に手渡された手鏡の中の自分を見つめながら考え込む。
 幸が潜入捜査で学校にいたとき、迎えに来た佐久間と幸が並ぶ姿は、ドラマのワンシーンのようにその場をぱっと華やかにさせていた。幸の傍にいるのに相応しいのは佐久間のようなタイプなのかもしれない。
 …とりあえず、今日の髪型はかわいく仕上がっちゃってるけど、あたしも頑張って佐久間さんみたいなカッコイイ大人の女になろう。
 そう心に誓うと妃奈子はぐっと手鏡を持つ手を握りしめた。


◇ ◇ ◇


 ここ数日、事件らしい事件もない。
 署にいたところで、することといえば報告書の作成くらいだが、さっさと片付けてしまった佐久間は暇なことこの上ない。先ほどから、斜め向かいの席でパソコンに向かってうんうん唸っている花垣の声をBGM代わりに、佐久間はあくびを噛みしめた。
「ねぇねぇ、佐久間さーん」
 ぼへっと机に頬杖をついて雑誌をめくっていた佐久間は顔を上げた。
「なに、花垣君。私、今日はお弁当持ちだからお昼は乗らないわよ」
 やだなぁ、とへらへらと笑う花垣に何かを感じ取って、佐久間は片方の眉をピクリと上げた。
「何よ?」
「佐久間さんちの道場に今度遊びに行ってもいいですかぁ」
「何で?」
 え、と花垣は顔を強張らせた。
「いやぁ、最近、なんだか体がなまっちゃって」
「じゃあ、上の格技場に行けば? 相手いないならしてあげるわよ」
 あたしも最近なまってるのよねぇ、と佐久間が独り言のように呟くと、え、とさらに彼の顔つきが怪しくなる。
「…本当の目的は何」
「えーと、例の女子高生デス」
 目を泳がせながら花垣は答えた。
 女装させたら自分よりも可愛らしくなるんじゃないかという彼の頭の中は、相も変わらずアイドル花盛りのようだが、目下の狙いは妃奈子のようである。
 幸せそうなヤツよね、と佐久間は目を細めた。だが、佐久間の頭にある策略が浮かんだ。
「来るなら保苑さんといらっしゃい。明後日に」
「えーっ、保苑さんと一緒じゃ意味がないじゃないですか」
「どうしてよ」
 いやそれは…、と花垣は口ごもった。
「一体何をしようと企んでたのよ、君は」
「佐久間さんには言えません。ところで、明後日に何があるんですか?」
「ウチの道場の合宿が終わるから、ちょっとした打ち上げみたいなことをやる予定なの」
 へえ、とあまり気乗りしない様子に、妃奈子ちゃんの浴衣姿が拝めるかもね、と付け足すと、花垣は佐久間の傍まで駆け寄って手を取った。
「行きます! 行きます! 行かせて下さい」
「言っとくけど、保苑さんも一緒が条件だからね」
 花垣は僅かに身じろいだが、分かりましたとこぶしを振り上げた。
「デジカメ持って行こうっと」
「撮れるものなら撮ってごらんなさい。保苑さんの前で」
 うきうきと自分の席に戻るその背中にそう投げかけると、花垣の回りに広がっている、お花畑のようなオーラがしぼんだ。
 やれやれと佐久間は溜息をついた。


◇ ◇ ◇


「打ち上げ、及川も来ると思う?」
 ここ数日、佐久間家の窓で妃奈子を見かけて以来、佳寿の話題は妃奈子のことばかりだった。
「さあ。僕らとは関係ないでしょ。来ないんじゃない」 
 駿二は右足首にテーピングをしながら、どうでもよさそうに答えた。
 カズは単純だ。好きな子が出来るとその子の話ばかりになる。
 上手くいけば別に駿二も文句は言わない。だが、過去を振り返ってみると、佳寿はすべて一人で勝手に勘違いして、暴走して、玉砕している。そして駿二は次の子が見つかるまで、散々慰め役に徹しなければならなくなるのだ。今回に至っては、考えなくてもそうなるのは目に見えている。
 なんとなく苛つきながら、駿二は巻いていたテープの端を切ると、残りをバッグの中へ放り入れた。駿二の答えを聞いた佳寿は、しゅんって冷めてーのなと両手を頭の後ろに組みながらぼやく。
「どうして? 来るって思ってるカズの方がどうかしてる」
 立ち上がって、右足を床にとんとんと打ち付けてみて具合を確かめると、駿二は両手を腰に当てて佳寿の方を見た。頭に乗せていた手を下ろすと佳寿は肩をすくめた。
「そりゃ、及川って男嫌いだけどさ」
「だったら、来ないことくらい分かるだろ」
 目を細めると駿二は更衣室のドアを開ける。慌てて佳寿が駿二の後を追った。


 ところが。
 駿二の予想に反して、妃奈子は現れた。
 傍には師範の娘の佐久間鹿恵がぴったりとついていたが、長い髪を結い上げ、濃紺の浴衣に身を包んで所在なさげに辺りを見回している。駿二はその姿を見つけると微かに目を細めた。
 合宿最終日の今日は、中庭で焼き肉パーティが繰り広げられている。網の上の肉や野菜が香ばしい匂いを辺りに充満させ、老若男女が吸い寄せられるように網の回りに集まっていた。
 駿二が佳寿の分も含めて肉の入った紙皿を持って道場寄りの庭の端へ戻ると、佳寿は目をキラキラさせて、佐久間家の縁側の方にいる妃奈子を顎で示した。
「しゅん、俺の勝ち。ジュース一本な」
 妃奈子に目を向けたまま、興奮気味に駿二の肩を叩きながら佳寿は言った。
「賭けなんてしてない」
 駿二の返事を無視しながら、佳寿はやべぇマジでかわいいかも、とアドレナリンの放出が止まらないようだ。呆れながら、駿二はちらりと妃奈子の方を見た。
 華奢な手足や首筋が浴衣から覗く様は、確かにどきりとさせるものがある。
 ああやって、散々佳寿を浮かれさせたりするクセに、男には見向きもしないような子のどこがいいんだ。
 駿二はしゃがみ込んで壁に凭れながら肉に囓りつく。その皿の上にぽとりと茄子が落ちてきた。見上げると佳寿がいたずらっぽく口を緩ませながら駿二を見下ろしている。
「俺、茄子キラーイ」
「僕もいらないよ」
 駿二は顔をしかめた。
「じゃ、なんで取ってきたんだよ」
「お香世さんに無理矢理入れられた」
「そういうときはなぁ、断固拒否すんだよ、キョ・ヒ! しゅんはこういうの押しが弱いからな。もっと強気で行けよ。アレルギーがあるとか、遺言で食うなと言われてるとか、見つからないようにこっそり網に戻すとか」
 こっそり網に戻すことのどこが強気なんだと思いながら、駿二は茄子をつまんでぽいっと放った。
「あっ…」
 佳寿が唖然としながら地面にぺとりと着陸した茄子を見つめた。それに気を留めることもなく駿二は肉を頬ばる。
 ま、いっかと佳寿も肉に噛みついた。


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